リレー連載「美の仕事」|土井善晴

土井善晴さんが向き合う、桃山時代の茶道具

Ceramics | やきもの

*​​​​土井善晴さんのリレー連載「美の仕事」全文は、『目の眼』電子増刊第0号に掲載されています。

 

 

茶道具と料理

 

今年は例年以上に暑い暑い夏でしたがようやっと秋の気配を感じられるようになりました。

今回は、東京・日本橋の髙島屋のすぐ隣に店を構える茶道具店「上原永山堂」を訪ね、ご主人が好きな桃山の茶道具をいろいろと見せていただきました。

ご主人の上原伸也さんは京都の茶道具店に生まれ、その後、東京の老舗茶道具商の元でしっかり修業をなさった後、この場所に店を開いて25年になるそうで、まさにこの道のプロフェッショナルという風情をお持ちです。

 

私も料亭での修業時代、茶事の懐石は何度も手がけましたし、いまでも茶道具を使って料理をすることもありますが、最近はあまり約束事に則った使い方をしないもので少し構えてしまいます。茶事では、うつわを使う時季、食材、料理法、盛る位置まできっちりと決められて、作る方としてはつい堅苦しさを感じてしまいますが、上原さんによると最近は、基本は守りつつも自由に楽しんでいる方も増えているとのこと。また茶事の時だけでなく、普段の晩酌などに桃山時代の皿や向付、鉢などを使って、肩肘張らず取り合わせを愉しんでらっしゃる粋な人もいると聞いて、数寄の世界も進化したもんやなぁと驚きました。考えてみれば、侘茶の懐石は禅寺や家庭でいただく質素な料理から始まったもので、「料理屋の料理」ではないほうが本道なのかもしれません。私もお茶するんやったら、自分で料理をしたいと思います。

 

 

黄瀬戸・志野・織部の華やぎ

 

そんな話をしながら、2階にあがると三畳敷の茶室のような場が設けてあり、正面の床の間には立派な掛軸と花入がしつらえられてありました。

 

 

 

「お軸は(1262-1329)という中国の元時代の禅僧です。この人自身は日本に来ていないのですが、当時の禅僧では第一人者と評され、日本からの留学僧がたくさん弟子入りしました。また能筆家としても尊敬されて、とも呼ばれています。この人の書はいくつか日本にも招来されていますが、この書には至大二年と年号があって、1309年に書かれたことがわかります。花入は南宋時代の青磁鯱耳花入を合わせました。南宋時代に龍泉窯で焼かれた青磁は「砧青磁」とも呼ばれて、日本では最も格の高い茶道具とされています。とくにこの花入は耳の部分の鯱のつくりが類品よりも大きく、見栄えがしますね」と上原さん。

 

何も知らない状態で見ても格の高さとか書や青磁の力強さはなんとなく感じられましたが、上原さんの説明には、その特徴や、見どころがどこなのかといった具体的な指摘があって、グッと距離が近づいたように感じました。南宋青磁は前回、繭山龍泉堂さんでも見せていただきましたが、茶道具としてこうした空間で見ると、また別の価値観から光が当たって見えます。とにかく最上級のおもてなしをしてくださっているのが伝わりました。

 

 

それでは、といって上原さんがうつわを取り出して見せてくれました。

 

「最初は、黄瀬戸の銅鑼鉢です。淡い黄色が印象的なのでこう呼ばれますが、実は美濃で焼かれたものです。薄造りでシャープな造形が特徴ですね。この色味や肌合にいくつかのパターンがあって、なかでも相国寺所蔵の「黄瀬戸大根文鉦鉢」が大名品として知られていますが、この鉢は、私が今まで見た中で最もそれに近いものです。少しカサッと乾いた肌、針で線彫りされたような縁の文様、手にとってみると蝋のような肌触り。黄瀬戸の中でも古手で希少なものと思います」

 

 

 

 

「黄瀬戸・志野・織部いうたら、やきもの好きになったらまず耳に入ってくる名前ですよね。現代作家のものやったら使ったこともありますが、本歌は初めて手に持ちました。あらためて見ると品格の高さがよくわかりますわ。これは再現するの相当難しいんと違いますの?」

 

「そうですね、近代になってから荒川豊蔵とか加藤唐九郎といった巨匠が写しを作ってますが、やはりどこか違いますね」

 

「これだけ端正であがりが綺麗なんは、堅めに焼き締まってるからですか?」

 

「いえ、桃山のやきものは相当にやわらかく焼き上がってます。ここに鼠志野の鉢がありますが、ふんわりと焼き上がって、触ってると中にぐっと手が入っていくような錯覚を覚えるほどです。これは当時の窯の作りによるものだと思いますが、まだちんちんに固く焼けるほど温度が上げられなかったのでしょう。近現代の方は窯の性能が良くなりましたから、カチンカチンに焼き上がります。どれだけ造形や文様をうまく作ったとしても肌が違ってしまう。桃山のものは総じてやわらかさが魅力です。実際に並べるとよくわかります」

 

「やわらかいというと私は備前が思い浮かびますが、同じ理由ですか?」

 

「備前がいちばんわかりやすいかもしれませんね、肌の具合で時代がわかるというのは大きなポイントです」

 

「この緑の皿はまた風情が違いますね」

 

「これは織部焼で、このように緑一色なのは総織部と呼びます。先ほどの黄瀬戸、志野と比べると少しずつ固く焼けていってるのがわかります。この間30〜40年ほどのわずかな期間で、技法も好みもどんどん変化していくのが見えてきます」

 

 

 

 

「こんな色味は後の民藝にも西洋ものにもあって親しみがありますが絵がかわいいですね」

 

「これは騎馬人物です。ロバに乗ったはんのかな」

 

「さっきの黄瀬戸もそうですけど、日本的な絵とちゃいますね、中国っぽい」

 

「桃山のやきものは時代の好みというか、外国の文様を頻りに採り入れています。とくに織部は西洋のデザインも大胆に取り込んでいるのが特徴です」

 

「そういう写しの文化というのは、やきものだけですか?」

 

「すべてにおいてでしょう。書にしろ絵画にしろ染織にしろ、写しから始まってだんだんと独自の美が生まれてくるというのが日本文化の特色だと思います」

 

 

 

****** 続く ******

 

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土井善晴

1957年、大阪生まれ。料理研究家、「おいしいもの研究所」代表。フランス、日本料理の現場で修業の後、家庭料理研究の道へ。十文字学園女子大学特別招聘教授。東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、他多数。

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