骨董ことはじめ⑨ みんな大好き ”古染付”の生まれた背景 RECOMMEND はじめに 骨董好きな人と話していると「古染付」という言葉を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。日本人が大好きなジャンルの一つで、定番から珍品まで様々な種類があり、値段も手頃なものがあって、オシャレですぐ日常的に使えるうつわです。 ただ古染付に関する解説を見ると、「中国の明末清初に景徳鎮の民窯で作られた染付磁器で、日本の茶人に喜ばれ、日本からの注文でも作られた」というようなことが書かれています。たしかにその通りなのですが、いま一つよくわからん、と感じる方も多いのではないでしょうか。それは古染付の生まれが、ちょっと複雑だったことに原因があります。 ここでは、「古染付」ってなに? とあらためてきかれた際に、その前提となる時代背景も含めて、できるだけやさしく説明してみましょう。 古染付ってなに? 骨董のうつわ、と聞いて思い浮かべたもののなかに、青い絵の具で絵を描いたやきものは出てきませんでしたか? それが「染付(そめつけ)」と呼ばれるものです。 ちなみに白く滑らかな「磁器」とよばれる器面に染付を施したうつわは、中国や韓国では「青花(チンファ・せいか)」、欧米では「Blue&White」と呼ばれ、世界中で人気を博した大ヒット商品でした。この染付のうつわが登場するまでは日本ではもっぱら木のうつわ、ヨーロッパではたとえ貴族でもピューターのような鈍い色の金属器を食器としていましたから、白く輝くような器面と、薄くて軽くて洗えばピカピカになる磁器の登場はまるで魔法のアイテムのようで、世界中の貴族やお金持ちが大金を払っても欲しがりました。 染付は中国の唐時代に作られはじめたそうですが、素体となる磁器の純白さ、染付の精度といった品質の向上に加え、輸出できるほど大量生産が可能になったのが元〜明の時代。この時代は世界でも中国大陸でしか生産できない最先端技術が詰まった商品として盛んに輸出され、大きな利益をもたらしました。そこで歴代王朝が専門の部署を置いて品質管理をしていました。このように国が管理下に置いて作らせたやきものを「官窯(かんよう)」、それに対して民間主導で生産したやきものを「民窯(みんよう)」と呼んで区別していました。※この呼称も骨董屋さんと話をするときによく話題にでますので覚えておくと良いでしょう。 やがて自分たちの国でも憧れの染付を作りたいと思う人が現れ、朝鮮半島ではいちはやく15世紀から、その後16〜17世紀にかけて日本では伊万里焼を、ヨーロッパではオランダがデルフト焼を作りはじめますが、それはまた別のお話。 さて肝心の古染付ですが、これはそんな染付が世界に広がった明時代末。 先ほども解説したように明の時代というのは、対外交易を盛んに行った時代でした。染付以外にも様々な種類のやきものを作り、ときには海外からの注文も受けて、ヨーロッパにはキリスト教にちなんだ文様のもの、中東にはイスラム文字やデザインを施したものなど何でも作っています。そのなかには日本の大名や商人の注文を受ける部門もあったようで、実に多彩なやきものが日本に輸入されました。まさに世界の陶磁器生産工場となっていた明王朝ですが、政治的には乱れ、内憂外患が頻発して次第に国力が衰えていきます。その最盛期が終わりを迎えるのが 14 代万暦帝の時代。万暦帝が崩御するとついに官窯を維持できなくなって閉鎖され、ここから明という王朝は末期に入り、続く天啓帝、崇貞帝で終焉を迎えます。 この混乱の時代に日本で大いに盛り上がっていたのが茶の湯でした。官窯はなくなりましたが、やきものの街・景徳鎮は民窯が支えており、その民間の窯の片隅で日本からの注文を受けて作られたのが、古染付、天啓赤絵、南京赤絵と呼ばれる一群です。注文は「切型(きりがた)」と呼ばれるデザイン画を切り抜いたものが使われたようですが、実際現場の陶工たちがどのように作っていたのか残念ながらわかっていません。国力が衰えたとはいえ、世界一の陶工の技倆は落ちていなかったと思われますが、古染付はその粗雑なつくりが特徴で、軽妙な造形と相まって他にはない独特のおもしろさがあります。これは日本の茶人の注文に忠実に応えたもので、「日本人は変なモノを作らせるなあ」と当時の陶工が首を捻っていたのではないかという話もききます。 古染付の、決して完成度は高くないものの、陶工の伸びやかで自由奔放、当意即妙ともいえる作風は、こうした時代背景から生まれてきたのです。 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年4・5月号No.580 浮世絵と蔦重 江戸のメディアミックス 江戸時代中期から後期にかけて、もっとも浮世絵の名品が生まれた全盛期、その時代を牽引した一人が蔦屋重三郎。 蔦屋重三郎は、いまでいうインフルエンサーとして活躍した人物で、喜多川歌麿、東洲斎写楽といった現代では世界的芸術家とみなされる浮世絵師を世に出したことで知られています。 今特集では、蔦屋重三郎の手がけた作品を中心に紹介しつつ、浮世絵が江戸期に果たした役割と、その魅力を紹介します。 購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 夏酒器 勝見充男の夏を愉しむ酒器 Vassels | うつわ 東京・京橋に新たなアートスポット誕生 TODA BUILDING Others | そのほか 企画展紹介|伊勢屋美術 伊勢屋の茶籠茶箱展 People & Collections | 人・コレクション 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) Ceramics | やきもの 稀代の美術商 戸田鍾之助を偲ぶ People & Collections | 人・コレクション Book Review 会津に生きた陶芸家の作品世界 Others | そのほか コラム|大豆と暮らす 受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 Others | そのほか 企画展紹介|昂KYOTO・imura art gallery 京の銘木にふれる 木と器展 Vassels | うつわ 小さな壺を慈しむ 圡楽窯・福森雅武小壺であそぶ Ceramics | やきもの 連載|真繕美 唐津の肌をつくるー唐津茶碗編 最終回 Ceramics | やきもの 羽田美智子さんと巡る、京都の茶道具屋紹介 茶道具屋さんへ行こう Vassels | うつわ 古美術店情報|五月堂 東京・京橋から日本橋へ 五月堂が移転オープン Others | そのほか