水無月の思い出 永松仁美 昂KYOTO店主 百花繚乱 一斉に美しく幽玄に咲き乱れた今年の桜。 山桜ならまだしも、あんなに人が溢れていた桜並木の通りがいまや誰一人としてそれが桜の木々であった事すら忘れてしまった様な今日この頃。人間なんて無情なものだね、と愛犬に語りかけながら、よっこいしょと休憩するいつもの場所が柔らかな木漏れ日差し込む葉桜の日陰だったから思わず可笑しい私です。 見上げれば、まだ硬い小さな赤ちゃんさくらんぼが揺れていますよ。そんな繰り返す自然の機微に、我ら日本人は願いや祈りを重ね、厳しくも美しく表現し暮らして来ました。 今は水無月。 春から初夏への移り変わりのこの月は、祇園祭の準備が粛々と、水面下では御苦労な事に始まってはいるものの、まだまだゆったりとした時間の余裕を感じ入ります。京都では和暦の呼び名が付けられた和菓子「水無月」は私も幼き頃からたいへん馴染みが深く、一年の丁度半分にあたる6月30日に穢れを落とし暑気や邪気を祓う「夏越の祓え」の日に頂きます。それが無いと、まるでとんでもない事が起こったかの様に慌てふためく祖母の姿が思い出されます。 そして一番に仏様へ供え夕飯の後、美味しいお茶と共に家族で頂くのです。その日の挨拶さえ「水無月食べた?」「まだ」「そう思って買っておいたよ」「わあ!嬉しい」なんてやり取りが当たり前に飛び交うのです。 昔、庶民には貴重で手に入れる事が出来なかった氷室から切り出した氷を模して作られたという三角形をした白ういろうの上に、邪気祓いの力があるとされている小豆が乗った水無月、この最強の組み合わせを頂いた日の京都人の安心感ときたら可愛く思えてなりません。この時期、神社の参道には無病息災や家内安全を願う「茅の輪」もあちこちで目にする京都。友人が小さな茅の輪のお守りをそっと玄関にかけておいてくれました。 芯がブレなければ時代に合わせ少しづつ変化して行くことも受け入れながら共に楽しく後世に伝えていきたい、ささやかな人の変わらぬ願いや思いであります。 *永松仁美さんの連載「京都女子ログ」は『目の眼』2023年1月号〜2024年10月号まで掲載。過去のコラムはこちらからご覧いただけます。 月刊『目の眼』2024年6月号より Auther コラム|京都女子ログ 永松仁美(ながまつひとみ) 1972年京都生まれ。京都・古門前の骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年、祇園に移転しアンティーク&ギャラリー「昂KYOTO」をオープン。 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2024年6月号 No.573 古美術をつなぐ 「 美の仕事」の現在地 美術が珍重される背景には古美術商の努力がありました。活躍してきた良い古美術のコレ数奇者クションをつくるには、信頼できる古美術商とのかかわりが欠かせません。 江戸時代の大名、明治以降の近代数奇者と深いつながりを持っていた茶道具商、世界に東洋の美を広めた山中商会、作家や芸術家との縁が深かった京都や日本橋京橋の大店など、古美術商には古美術を見極める眼力を持ち合わせているだけでなく、個性的で人間味にあふれている方が多いようです。長い命を持つ美術品を過去から未来へと繋ぐ古美術商とその仕事について紹介します。 雑誌/書籍を購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 東西 美の出会い 日本・オーストリア文化交流の先駆け|ウィーン万国博覧会 History & Culture | 歴史・文化 茶の湯にも取り入れられた欧州陶磁器 阿蘭陀と京阿蘭陀 Ceramics | やきもの 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション 新しい年の李朝 李朝の正月 青柳恵介 People & Collections | 人・コレクション 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(2) Ceramics | やきもの 夏酒器 勝見充男の夏を愉しむ酒器 Vassels | うつわ 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの リレー連載「美の仕事」|土井善晴 土井善晴さんが向き合う、桃山時代の茶道具 Ceramics | やきもの 根付 怪力乱神を語る 掌の〝吉祥〟を読み解く根付にこめられた想い Ornaments | 装飾・調度品 骨董の多い料理店 進化しつづける「獨歩」の料理と織部の競演 Ceramics | やきもの 秋元雅史(美術評論家)x 北島輝一(ART FAIR TOKYOマネージングディレクター) スペシャル対談|アートフェア東京19の意義と期待 People & Collections | 人・コレクション 骨董ことはじめ⑦ みんな大好き ”古染付”の生まれた背景 Others | そのほか