大豆と暮らす#3 おから|大豆がつなぐ、人と食 Others | そのほか コラム「はじめて骨董のうつわを買う」体験談を紹介していただいている稲村香菜さんは、長野県佐久穂町に2024年オープンした豆腐屋の店主。ウェブ連載中のコラムでは、日本の伝統食材・大豆をとおしてつながる人や食について綴っていただいています。第3回のテーマは「おから」。 わたしの店の隠れ人気商品はおからです。「こんなにおいしいおから初めて」と嬉しいお声もいただきました。それはやっぱり大豆がおいしいからに他ならないのですが、とても誇らしい気持ちになります。 おからは、すり潰した大豆を炊いて“煮呉”にしたあと、豆乳と分けることで作られます。豆乳は豆腐や湯葉になり、おからも一部商品としますが、ほとんどは捨てるしかありません。ですが、おからも品種ごとに色味も味わいがさまざまあって面白いものです。兵庫県の“ゆめさよう”は、大豆自体はクリーム色ですが、おからにすると淡いオレンジ色に。豆乳と同じく優しい甘みが口に広がり、ほろほろとほどけていきます。長野県の“ひとり娘”は、もともと青い大豆ですが、豆乳は奥に緑を感じるベージュ色。おからは鮮やかな緑色で、大豆の目の黒い点々が可愛らしく残ります。口にした瞬間に甘みが広がり、ほくほくのじゃがいもを食べているようです。 【写真|ゆめさようの大豆】 【写真|ゆめさようの大豆で作った おから】 【写真|ひとり娘の大豆】 【写真|ひとり娘の大豆でつくった おから】 開店したばかりの頃、ひとつも豆腐が売れないかもと不安いっぱいな私を心配してか、近所のお母さんがよく遊びに来てくれました。お弁当を作る仕事をしているそうで、毎回いろんな料理を教えてくれます。畑もやっているらしく、ナスやピーマン、キュウリをビニール袋いっぱいに持ってきてくれたり、大根のこうじ漬けや大葉味噌、ぼたもちをおすそわけしてくれたりと、その温かさに何度も救われました。そのお母さんがいつも買っていってくださるのが、おからです。 「おからをさ、にんじんとしいたけとねぎと、それから野沢菜の漬物とさ、一緒に煮たやつをおまんじゅうの皮に包むとおいしいんだよ。今度作ってくるから。」 そう言って、次にいらした時、本当に持ってきてくださったのです。 【写真|おまんじゅう】 中におからの餡が入ってるものに“お”、野沢菜の餡には“の”と書いてくださっています。ピンと張りのある美しい皮、ふっくらとまあるい形。あまりの可愛らしさと嬉しさに涙が出てしまいました。少し照れたお母さんは「また来るね」と言ってすぐに帰ってしまったので、私は早速“お”を食べてみました。皮がほんのり甘くてふわふわとしている、柔らかくなるまで炊かれた野菜たちの甘みを吸ったおからから、じゅわっと汁が染み出します。すごく美味しい。ご縁あってこの町へ来て、店を構えさせてもらって、そのうえこんな素敵な瞬間があるなんて、おいしいを共有するって幸せな仕事だと、心から思いました。 おからの食べ方といえば炒り煮が定番かもしれませんが、肉に見立てて餡にするとは思いつきもしませんでした。調べてみると、長野県の栄村にお惣菜を餡にして、米粉で包んで蒸した“あんぼ”という郷土料理があるようです。当時、大豆は貴重品なのでお盆やお正月、お祭りなどのハレの日に豆腐を作っていて、その時に出るおからもまたありがたい食材。おからにねぎやごぼう、にんじんなど、季節の野菜を入れて炒めた餡で作るあんぼは格別だったそうです。この地域以外にも、日本各地の郷土料理におからを使った料理が多くあります。高知には、おからをすし飯に見立て酢締めしたキビナゴと握った“ほおかぶり”。岩手では、糠の代わりにおからを漬け床にして野菜の漬物を作っていたそうです。おからも使い手次第で、宝物にもなるのですね。 この1年の間に、おからを地域のいろいろな生産者さんに使っていただけるようになりました。隣の町のレストランでは、おからをトルティーヤやケーキの生地にしていただいたり、お菓子屋さんがクッキーにしてくださったり、近くの学校の給食でも使っていただいています。さらに、近くの養鶏家さんのお声がけで、鶏のごはんにもなっています。ありがたいことに、おいしい大豆を無駄なく食べ切る、という夢のひとつが叶いつつあります。これからも地域の皆さんと大豆のおいしさを分かち合っていけますように。 ▷ 関連記事はこちら: 大豆と暮らす#1 受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 大豆と暮らす#2 うなぎもどき|日本人と大豆の長い付き合いが生んだ「もどき料理」 Auther 稲村香菜 稲村豆富店 店主 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年6・7月号No.581 大阪・関西 美の祭典へ 大阪・関西万博が開催される2025年は、大阪を中心に京都、奈良の国立博物館で国宝、重要文化財が勢揃いする日本美術の展覧会が開催され、大阪美術倶楽部でも日本中の古美術商が出展する特別展が開催されます。まさに、関西・万博と同時に美の祭典となっている大阪。いま関西で見たい美の真髄、その見どころをご紹介。 試し読み 購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 リレー連載「美の仕事」|土井善晴 土井善晴さんが向き合う、桃山時代の茶道具 Ceramics | やきもの リレー連載「美の仕事」|澤田瞳子 澤田瞳子さんが選んだ古伊万里 Ceramics | やきもの 展覧会紹介 世界有数の陶磁器専門美術館、愛知県陶磁美術館リニューアルオープン Ceramics | やきもの ビンスキを語る ビンスキは どこからきたのか 〜その美意識の起源を辿る History & Culture | 歴史・文化 骨董の多い料理店 進化しつづける「獨歩」の料理と織部の競演 Ceramics | やきもの TSUNAGU東美プロデュース 古美術商が語る 酒器との付き合い方 Vassels | うつわ 美術史の大家、100歳を祝う 日本美術史家・村瀬実恵子氏日本美術研究の発展に尽くした60年 People & Collections | 人・コレクション 茶の湯にも取り入れられた欧州陶磁器 阿蘭陀と京阿蘭陀 Ceramics | やきもの 縄文アートプライベートコレクション いまに繋がる、縄文アートの美と技 Ceramics | やきもの 骨董ことはじめ③ 青磁 漢民族が追い求める理想の質感 History & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ⑦ みんな大好き ”古染付”の生まれた背景 Others | そのほか 連載|真繕美 唐津茶碗編 日本一と評される美術古陶磁復元師の妙技1 Ceramics | やきもの