コラム
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Bentley/涌井清春

ロールス・ロイスの光ベントレーの風に魅せられて
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XT7471の登録番号をそのままに残した白洲次郎の3リッター・ベントレーで、愛娘の桂子さんと次郎の住居であった武相荘の周囲を走ったとき、エンジン音の響く風の中で桂子さんは何を想ったでしょう。無言のうちに万感胸に迫るその波動だけは運転席の私にも伝わって来ました。それは私の生涯でも忘れ得ぬ時間となりました。

すでに90年近いビンテージ・ベントレーが今なお大事にされる魅力とは、その走りに尽きると思います。1920年代、ベントレーのエンジンは静かなロールス・ロイスとは違い、当時にしてSOHC、1気筒あたり2本のスパークという高回転型のエンジンで、それが頑丈なシャシー上でやんちゃなほど元気に回る速い車です。創成期の車たちには、創業者のキャラクターが特に色濃く出ていることを私はコレクションを通じて学びました。だからこそビンテージ・ベントレーは設計者で創業者のW.O.(Walter Owen)のベントレーとも呼ばれるのでしょう。乗用車では快適性の阻害要素とされるNVH(ノイズ、バイブレーション、ハーシュネス)はW.O.のベントレーでは古き良き時代における疾風怒涛の王者の走りとして実感されるのです。

ギア・チェンジにはコツがあり、私のところに訪れた有名なF1ドライバーも苦労するほどです。慣れなければ自在に操れないところもオーナーにはひそかな誇りです。現在日本にあるW.O.は10台余りで、私はそのほとんどの輸入を手掛ける幸福な道楽者になりました。

1930年までにル・マン24時間レースに5勝して英国の雄となったベントレーは、大恐慌の中1931年にロールス・ロイス・モーターズに取得されてからも、長らくスポーティなオーナー・ドライバーの車というイメージを保ちました。第ニ次大戦後はRタイプ・コンチネンタルという当時世界最強の4/5人乗り2ドア・サルーンを207台販売し、再びそのイメージを新鮮にしました。この車は投機的にも現在まで値段が上がり続けている代表的なクラシックカーです。

1965年以降、ボディ・スタイルに個別の変更ができないモノコック・ボディ構造の時代に入ってベントレーはやや影が薄くなりました。メーカーの姿勢が変わり、再びベントレーが人気を取り戻したのは姉妹車ロールス・ロイスのシルバースピリットに対しエンジンにターボを搭載したミュルザンヌ・ターボ、ついでターボRとなった1980年代からです。 これを契機にベントレーはロールス・ロイスの販売台数を上回る人気ブランドへと再成長して行きます。そして1998年、ロールス・ロイスはBMW、ベントレーはVW傘下に別れ、2001年にはル・マンに復帰、2003年には73年振り6度目の優勝を飾りました。2002年には英国女王の最新公式車両もロールス・ロイスからベントレーに代わっています。W.O.が起こしたベントレーの風は吹き続けます。

涌井清春 ◆ わくい きよはる 
1946年生まれ。時計販売会社役員を経て、古いロールス・ロイスとベントレーの輸入販売を主とする「くるま道楽」を開く。海外からのマニアも来訪するショールームを埼玉県加須市に置き、2007年からは動態保存の希少車を展示した私設のワクイ・ミュージアムを開設。

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