コラム
007

吉田茂のRolls-Royce/涌井清春

ロールス・ロイスの光ベントレーの風に魅せられて
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クラシックカーの価値は、その車種が非常に珍しかったり、ボディデザインが評価される以外に、歴史的に著名人が乗っていたり、レースで活躍したことなども要素になります。私にとってはオーナー歴という点では、当ミュージアムに隣り合って展示している若き日の白洲次郎のベントレーと、吉田茂元首相のロールス・ロイスはその極みと言えるもので、この2台を動態保存につとめ、できるかぎり皆さんにお披露目していくことは、入手できた者としての務めでもあると思っています。

ロールス・ロイスやベントレーでは、すべての車について、販売時に最初のオーナーが誰であったか、その仕様(ボディスタイルなど)とともに記録されています。

吉田茂が戦後になって公私にわたって愛用していた1937年製25/30HPスポーツサルーンは、娘婿となった麻生太賀吉(麻生太郎元首相・現法相の父)がイギリスで新車で購入、戦後は岳父となった吉田茂に提供していた車です。

麻生多賀吉はロンドン滞在中、白洲次郎の紹介で、駐英大使だった吉田茂の三女・和子と知り合い、帰国後に結婚。戦後は自らも衆議院議員となって吉田の側近として政界と財界の連絡役を務めたという人物です。

白洲次郎もまた吉田茂の右腕となって戦後日本の方向を決めた吉田内閣のブレーンです。吉田茂と白洲次郎は戦前の英国生活を知る者同士であり、日本の第二次大戦参戦に反対だったことや、若くして大きな財産をバックに育った者同士であることなど、その心情に通い合うものが多かったでしょう。ふたりの愛車がベントレーとロールス・ロイスであり、さらにそれぞれが使用していた時代の登録ナンバーもそのままに当ミュージアムに揃ったことには、強い因縁を感じますし、私がその実現を担えたということには感謝の念とともに、この車を保っていかなくてはいけないという一層の責任を感じます。

麻生太郎さんの奥様がこの車を見て、「私がお嫁に来たときこの車で教会に行きました。その時よりずっと綺麗になっている」と言われたときは嬉しい笑顔を禁じ得ませんでした。

吉田首相の時代は神奈川県大磯町の吉田邸から国会まで、戸塚の踏み切り待ちが長いと言って作らせた跨線橋(通称ワンマン道路)を使っても国道一号線をずっと走るしかありません。いったいどのぐらいの時間がかかったのか、湘南に住む友人が試してくれました。現代の交通量を考慮すると、夜中に行くのが当時の状態に近いでしょう。夜中の空いた交通でも、ちょうど2時間かかったそうです。

この車内で時には次郎、太賀吉など「吉田学校」のブレーンを隣に、また家族を乗せてどれほど多くの時間を過ごしたのでしょう。

吉田茂の席は常に運転手の真後ろ。その革シートは彼のお尻の形になじんで、少しへこんだそのままにしてあります。

 

写真 ◆ Rolls-Royce 25/30HP、ボディはHooper製のスポーツサルーン。吉田茂のロールス・ロイスとしてつとに知られた車。吉田茂没後も麻生家にあり、フェラーリで有名なマツダ・コレクションを主宰する松田芳穂氏が麻生太郎氏から購入。2004年から当ミュージアム入り。吉田茂が使用中に一度英国に戻されてオーバーホールを受け、近年当ミュージアムでもレストアを施してある。マスコットは25/30 HPスポーツサルーンやファンタムIIIなどに見られるひざまずいた形、Kneeling lady と呼ばれるもの。

涌井清春 ◆ わくい きよはる 
1946年生まれ。時計販売会社役員を経て、古いロールス・ロイスとベントレーの輸入販売を主とする「くるま道楽」を開く。海外からのマニアも来訪するショールームを埼玉県加須市に置き、2007年からは動態保存の希少車を展示した私設のワクイ・ミュージアムを開設。

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