コラム
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Bentley/涌井清春

ロールス・ロイスの光 ベントレーの風に魅せられて
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クラシックカーの世界にオートモビリアというものがあります。車そのものではなくて、記念品とかグッズの世界で、「車関係のメモラビリア」という意味です。私はとくに熱心ではないのですが、英国のオークションでこれは、という物が出て、ぜひ車と並べたい、と落札したものがあります。

 

それはブルックランズ・レース場の創設者が1928年のル・マン24時間耐久レースでのベントレーの勝利を称えて、優勝車である「Old Mother Gun」とそのドライバーたちに贈った記念のトロフィーでした。

 

今までに書いたようにベントレーは1924年にフランスのル・マン24時間耐久レースに英国車として初優勝し、その後1927年から1930年まで4年連続で優勝しました。このときに築いたブランドイメージが今なおベントレーのになっているわけです。

1928年の優勝車はベントレーの新型4.5リッターエンジンを搭載したプロトタイプ車で、新型車の母型という意味と、一説にはシャシーナンバーにあるオー・オー・ワンという音にひっかけてOld Mother Gunと呼ばれていたそうです。前年の1927年のル・マンでは先頭集団にいながら7台のクラッシュに巻き込まれ、リタイヤとなりましたが翌1928年のル・マンに修復して登場し、見事優勝。その翌年は2位という戦績を残しました。シャシーナンバーはST3001で1930年代半ばに車はシャシー、エンジン、ボディなどまさに換骨奪胎の大改造を受けてブルックランズ・レース場のスピード記録を塗り替えました。その車はよくOld抜きの「Mother Gun」と呼ばれて英国にあります。

 

しかし車のアイデンティティの中核となるシャシーフレームや前後の車軸など、それぞれにST3001のナンバーが刻まれた骨格部分の重要部品はこのときに大半をはずされ、眠っておりました。

それが英国でも知る人がほとんどないまま、あるベントレー・マニアの個人の手に渡り、20年の歳月をかけてル・マン優勝時の姿に復元されていたのです。

 

 

「この車を売って余生を楽にしたい」という密やかな申し出が私の英国での買い付けをお願いしているエージェントにあり、国宝級だと思いながら、幸運にもオークションも経ずに入手することができました。当時は英国でも知る人の少ない車で、唐突に日本に現れたル・マン優勝車をしがられたものですが、今、歴史家からも当時からの登録書類とシャシーおよび前後の車軸にST3001の刻印を持つこれこそ本物のOld Mother Gunの復元車両である、とお祝いの言葉を頂いています。

トロフィーは80年ぶりに極東で優勝車に再会してさぞかし驚いていることでしょう。この再会の意義が分かるのはもしかすると、英国人のベントレー・ファンだけかもしれません。

いつかはセットで英国に凱旋させるべきか、とも考えます。幸運と物好きによって入手できた私は、名誉ある一時預かり人としての責任を全うしなければなりません。

涌井清春 ◆ わくい きよはる 
1946年生まれ。時計販売会社役員を経て、古いロールス・ロイスとベントレーの輸入販売を主とする「くるま道楽」を開く。海外からのマニアも来訪するショールームを埼玉県加須市に置き、2007年からは動態保存の希少車を展示した私設のワクイ・ミュージアムを開設。

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