トトの星/市田ひろみ

「やっとお逢い出来ました。」
私がタクシーに乗ると運転手さんがこう言った。時々、ファンの人がこう言う時もあるので、
「ありがとう」というと
「僕はメキシコにいました……!!」
「ああ、私も仕事で何回か行っていました」
「僕はオアハカ州のチノチトランデルバイエにいたんです」「エーー?」
メキシコ太平洋岸、チノチトランデルバイエは、オアハカ市から60km。昔ながらの暮らしむきで、ほとんどの家がサラッペ(織物)を織っている。
私は、西陣の織屋さんの依頼で、サラッペ(敷物など)や衣装、やきものなどの文様を、きものや帯にデザインしていた。
「市田さんは、イサク・バスケさんの家に行っておられましたね。あそこはあの村の有力者ですから。」
「僕は、あの村のサラッペをアメリカに輸出していました。市田さんは、あの村では有名でしたよ。僕も、市田さんの本、持っていますよ。」
タクシーの中の会話は、二人の思い出をつづりながら、チノチトランデルバイエ村へ帰っていた。
アドゥべと呼ばれる、日干しレンガの家々の中で、手織機で羊毛や木綿を紡いで、サラッペやボルサ(袋)を織っている。
1970年に訪れた時は、村の女性達はみな手作りの民族衣装だったが、訪れる度に少しづつ現代服も見られるようになった。
1975年にはメキシコシティで、きものショーをした。大統領夫妻を迎えて、盛大なパーティだった。
メキシコの民族服は、彩りもはなやかで文様も面白い。私の何点かのコレクションも、平和の鳩「ドベ」、星形の文様「トトの星」、神の目「オーホ・デ・ディオス」が表現されている。
「僕は又、9月に帰るんです。去年、親父が倒れて帰ってきましたが、親父を見送りましたので、又、あの村へ帰るんです。市田さんはあの村では有名だったから、又、来てやって下さい。みんな喜びますよ」
彼にとっては、あの小さな村がふるさとなのだろう。
アドゥべの村で、彼を待っている人がいるのだろうか。
服飾評論家。エッセイスト。大学講師、日本和装師会会長を務める他、市田美容室を経営。民族衣装のコレクターでもあり、世界各地を訪ねている。テレビCMの“お茶のおばさん”としても親しまれACC全日本CMフェスティバル大賞を受賞。