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  •  京都迷店案内その壱拾五 番外編 iTohen(大阪市北区本庄西)

    □京都迷店案内その壱拾五 番外編 iTohen(大阪市北区本庄西)

    img_2292 大阪は私にとって20歳前後の一番多感な時期を過ごした場所である。東京に戻る前の最後の2年間は南森町に住んでいて、大阪駅周辺、桜橋から天六界隈が主な生活圏であった。大阪に詳しい方ならお分かりになると思うが、決して風紀のいいところではなかった、特に30年前ならなおさらだ。初めて宮本輝の原作の映画『泥の河』を観た時に、この頃の記憶が蘇った。当時、大阪駅前には高層ビルもまだあまりなく、戦後のすぐのようなバラックの飲み屋街などがまだあった。夜の大阪駅で新聞発送のアルバイトをしていた私には、丸ビルの電光テロップでプロ野球の結果を見たことが懐かしく想いだされる。阪急東通り商店街には立ち食いの串カツ屋やビリヤード場があったり、客引きがいたり、その混沌とした猥雑な感じが学生にはとても刺激的で、まさに初期の宮本輝の小説には、大阪のそんな時代の雰囲気が描かれていてとても好きだった。

    img_2295 今では大阪には沢山の画廊や美術館、映画館、ライブハウスなどの文化施設があるが、30年前くらいはそのような文化の香りがする場所が本当に少なかった。賑やかになってきたのは、ここ10~15年くらいであろうか。遡れば大阪はサロン文化のメッカであった。江戸時代の木村蒹葭堂から明治時代の平瀬露香まで、豊かな商人の財力を背景にお茶から伝統芸能まで、文人文化が花開いた場所でもある。それが財閥解体などの影響によって、サロンが衰退してゆくに連れ、いつしか文化の香りが消えていってしまったのを淋しく想う。

    img_2293 私が「iTohen」の名前を最初に聞いたのは、京都に住むようになった5~6年前頃であろうか。大阪にカフェを併設したとてもセンスのいいギャラリーがあると何人かの知人から名前を聞くようになるのだが、その頃の私は大阪に対する気持ちが離れていたのかもしれない。行ってみようという気持ちになかなかなれずににいた。それは多分若い頃の自分と向き合いたくなかったからかもしれない。当時を想い起こすと、恥ずかしいことだらけであったからだ。そんな時にある方の紹介でであったのが「iTohen」の鰺坂さんであった。

    img_2314 鰺坂さんを知っている方は、皆さん同じような印象を持たれると思う。笑顔の似合う九州男児だと。その優しい笑顔に包まれるととても爽やかなな気持ちになるのだ。この人はどんな人生を送って来たのだろうか、とても興味が湧いた。今回初めていろいろと聞いてみたが澱みなく語られた生い立ちは、決して恵まれたものではなく、笑ってしまうくらい貧乏だったと鰺坂さんは爽やかに笑うのだ。もともとルドンやエルンストなどのシュール・レアリズムが大好きでアーチストに成りたい、デザイナーになって成功しポルシェに乗りたい、早く稼いで自立したいと鹿児島から大阪にやってきたのだった。

    img_2299 あからさまな夢を持つ一方で、東京で一旗揚げるには、伝手もないしお金もかかり過ぎるという冷静さも持ち合わせていたというから面白い。そして調理師をしていた兄を頼り、高校卒業後、大阪に出て来てデザイン専門学校に入学する。とはいえ鰺坂兄弟には学費も生活費も自分で稼ぐ、という不文律があった。卒業後、すぐに食べられるわけも無くアルバイトを転々しているときに、母校から声がかかり、25歳の時から銅版画とシルクスクリーンを教えていたという。

    img_2306「iTohen」を開いたきっかけを聞くと、意外な言葉が返ってきてこれまた私は驚くことになる。「学校で教えていると、生徒たちの行く末が心配になるんですよ。それで発表の場を作ってあげたいな、と想ってギャラリーを立ち上げました」。普通、画廊というとオーナーの嗜好がはっきりしていて、自分の好きな作家あるいは作品を発表したい、という場合がほとんどである。しかし鰺坂さんは卒業生の進路を案じていたのだ。もちろん人生は自己責任である。しかしどんな人でも一人では生きては行けない。鰺坂さんは自分の人生から学んだことを、30歳にして実践したのだ。この男気のある九州男児の青年を、私はとても尊敬しているのはそういう訳だ。今でも週2回教鞭を執って、グラフィックデザインを教えているそうだ。もちろん若い人から学ぶことも多いのだろうが、鰺坂さんはやはり若い人たちが好きなのだと思う。そして生徒たちからも愛されているに違いない。「iTohen」はもはやカフェ&ブックギャラリーの枠を超えて、大阪の高感度な若者たちの情報交換の場として機能している。開店当時からの相棒、角谷慶さんも飄々としているが、彼のグラフィックデザインもとてもシャープで美しい。そしていつもアルバイトではあるが若いスタッフの女性たちも感じがいいし、何よりフレンチトーストも珈琲も美味しいのがまた嬉しい。会社名は「SKKY」。「iTohen」の名前の由来を聞くと「結」「縁」「継」など自分にとって大切な言葉を考えるとみな「いとへん」がついていたという。全て筋が通っているのだ。

    img_2308 以来、時々足を運ぶのだが、いつも新しい出会いがここにはある。『JAPAN GRAPH』という雑誌を立ち上げた写真家の森善之さんともここで出会った。絵本作家のキクチチキさんも出会ったのは東京であるが、鰺坂さんとは10年来の付き合いだそうだ。先頃『インコのおとちゃん』を上梓された写真家の村東剛さんも鰺坂さんの紹介だ。他にもたくさんの人との縁を頂いたり、私の造った本も置いて頂いている本当にありがたいお店だ。私に鰺坂さんを紹介してくれた人というのは、昨年の7月27日に亡くなったスターネットの馬場浩史さんであり、馬場さんから鰺坂さんへと受け継がれたご縁の中で、私は今日も生かされている。

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    iTohen(いとへん)Books Gallery Coffee

    大阪市北区本庄西2丁目14-18 富士ビル1F
    Tel 06-6292-2812 Fax 06-6292-2789
    12:00~17:00(展覧会最終日は18時まで)
    月・火曜日定休
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