世界の古いものを訪ねて#1 ジュドバル広場の蚤の市|ベルギー・ブリュッセル RECOMMEND ロンドン在住のライター&フォトグラファーの山田ルーナさんの連載「世界の古いものを訪ねて」がスタート。ヨーロッパ各地の骨董市や蚤の市をはじめ、大切に受け継がれてきたさまざまなモノを紹介していただきます。第1回は、ベルギーのブリュッセルで毎日開催されている人気の蚤の市「ジュドバル広場の蚤の市」をレポートしていただきます。 蚤の市というと週末だけの開催が一般的ですが、ベルギーの首都ブリュッセルには、なんと毎日開かれているブロカントがあります。 それが、ジュドバル広場(Jeu de Balle)の蚤の市。市内中心部から歩いて15分ほどのところにある広場で、もともとは球技の競技場だったのだとか。今も人とものが行き交う、とても活気ある場所です。 屋外の蚤の市ですが天気に関係なく、平日は毎朝9時から午後2時、週末は午後3時まで開かれています。価値のあるアンティークを集めたディーラーもいれば、「引っ越しで出てきたガラクタです」のような雑貨を布の上いっぱいに広げている出店者も。どちらかというと、後者が多いかも。しかし宝探しのようなその感覚も、蚤の市の醍醐味。地元の人も観光客もごちゃ混ぜに集うその場所で、人ともののあいだを、わくわくしながら奥へ奥へと進みました。 フランス語ができない私には、飛び交う言葉もまた美しいBGMに聞こえてきます。人々の話し声の中には、まるで楽器のように、グラスとグラスがぶつかる涼やかな音も聞こえてきたり。それはひとつの音楽のようで、映画のワンシーンに登場しているような気分にさせてくれるのだから不思議。ただ、海外に限らず、蚤の市っていつもそんな気持ちにさせてくれますよね。 私がこの蚤の市を訪れたのは5月中旬でしたが、まるで夏が迷い込んだかのような暑い日でした。ロンドンから訪れたことを伝えると、「本当はここもロンドンみたいな気候なんだけどね」と笑う地元の人。ただ私には、この晴れの日が一番、ここに似合っているように感じられます。 ずらりと並べられたグラスが強い日差しを跳ね返し、それがなんというか、とても幸せな眩しさ。その光の向こうに何か素敵なものが待っている気がして、目を細めながら歩きつづけると、太陽を受けてきらきらと光るターコイズブルーのインク瓶を見つけました。聞けば、「Dansk Designs」のヴィンテージだとか。 とても素敵で買おうか迷いつつも、まだ見ていないお店が沢山あったので、とりあえずは保留とすることに。ただ、もうお気付きかと思いますが、こういう蚤の市で「もう少し見てから」は御法度(?)。やっぱり買おうと30分も経たずに戻ったときには、すでに売れてしまっていたのでした。 出会いは一瞬。一期一会。振り返れば蚤の市の面白さを改めて感じる出来事ですが、その瞬間は思いがけずショックを受けてしまい、気がつけばさっきまで幸せに思えた日差しも、ただ暑いだけ……。このままではいけないと、一度蚤の市散策を切り上げて昼食を取ることに。観光地間の移動が気軽にできる便利な立地も、ジュドバル広場の良いところです。 私が訪れたのは「Fin de Siècle」というベルギー料理店。カルボナードという牛肉のビール煮にマッシュポテトが添えられているものをいただきました。もちろんビールと一緒に。 涼しい場所で美味しいものを食べて少し気持ちが落ち着いてくると、もう一度何かに出会いに行こうという気力が湧いてきます。すっかりパワーチャージして、日差しが少しだけ和らいだ午後、ジュドバル広場に戻りました。 蚤の市の面白いところの一つに、一日のうちに景色がころころ変わるということが挙げられると思います。店主がマイペースに開店準備を進める、まだ人の少ない朝。日が昇り、人やものがひしめき合うような、賑やかな昼。混雑のピークを過ぎれば、ものは売れて少なくなり、出店者たちも営業モードというよりはリラックスしてその場の雰囲気を楽しんでいるよう。行く時間帯によって出会える景色が違うので、何度も足を運びたくなります。 さて、多くの蚤の市と同じように、ジュドバル広場の蚤の市も閉店時間30分前には帰り支度を始めるので、目当てのものがあれば片付けられる前に急いで決めねばなりません。 ただ私はというと、なんとなく良いなと思うものはあっても、買うに至らず。ベルギーの老舗陶磁器メーカー「BOCH」のアフタヌーンティースタンドにも惹かれますが、自分の日常で使うかといえば現実的ではありませんでした。 そんな中、あるお店で、うさぎの顔のような柄がこちらを見ているのに気がつきました。「OXO」と書かれた、たまご色のマグカップ。調べてみると、イギリスの老舗食品ブランド「OXO(オクソー)」のもの。1970〜90年代にかけて、プロモーションの一環として製作・配布していたマグカップだそうです。 たまご色のボディとブルーのロゴのコントラストが可愛くて、なんとなく目を離せないでいると、店員さんが「もう一つあるよ」と別のマグカップを持ってきてくれました。こちらも同じく「OXO」のもので、製造年の異なるチューリップ型。底にまで釉薬がかけられていることから、おそらくより古いものでしょう。 どちらにも心地よい温かさがあり、揃えて置いたらきっと可愛い。そう思った私は、今度こそ即決で購入しました。ちなみに2つで4€。最初は1つ3€と言われていたのですが、蚤の市あるある?値引きしてくれました。 そういえば、ジュドバル広場の蚤の市は基本的にカードは使えません。キャッシュのみ。広場のすぐ横にATMがあって、お客さんは皆そこでお金をおろします。昼頃はほとんど長蛇の列ですが、ここに並ぶ人たちが皆それぞれにとっての宝物に出会えたのだと思うと、ただのATMの列もまた、愛おしい光景に思えるのでした。 現在ロンドンに住んでいる私。ベルギーで、イギリスで製造されたマグカップを買って、そしてまたイギリスに戻ることに、帰りの鉄道に乗りながらくすりとしました。 「Dansk Designs」のインク瓶を買えていたら、昼食のあとで蚤の市に戻ることはしなかっただろうと思うと、このマグカップと出会えたこともまた素晴らしい一期一会だと感じます。手に入らなかったものもある。でも、だからこそ出会えたものもある。ジュドバル広場の蚤の市は、とても蚤の市らしい蚤の市で、こういう場でのお買い物の楽しさを、はっきりと思い出させてくれました。 昔、それぞれ誰かに使われていたマグカップは、今では棚の上で仲良く並び、おしゃべりをしているみたい。私とものとの出会い、そしてもの同士の出会い。そんな小さな奇跡を集めるように、これからもしばらくロンドンから、世界の古いものを訪ねていきたいと考えています。 Information ジュドバル広場の蚤の市 / Place du Jeu de Balle Flea Market 会期 毎日開催 会場 Place du Jeu de Balle 住所 Pl. du Jeu de Balle 23, 1000 Bruxelles, Belgium Auther 山田ルーナ 在英ライター/フォトグラファー この著者による記事: ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 Others | そのほか アルフィーズ・アンティーク・マーケット|イギリス・ロンドン Others | そのほか 名所絵を超えた“視点の芸術”が、いま問いかけるもの Others | そのほか ロンドン・大英博物館で初の広重展。代表作「東海道五十三次」など Others | そのほか RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年8・9月号No.582 古美術をまもる、愛でる 日本の古美術には、その品物にふさわしい箱や仕覆などを作る文化があります。 近年では、そうした日本の伝統が海外でも注目されるようになってきましたが、箱や台などをつくる上手な指物師、技術者は少なくなっています。 そこで今回は、古美術をまもる重要なアイテムである箱・台などに注目して、数寄者のこだわりと制作者たちの工夫をご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 連載|真繕美 唐津茶碗編 日本一と評される美術古陶磁復元師の妙技1 Ceramics | やきもの 「美の仕事」特別編 池坊専宗 中国陶磁の色彩にあそぶ Ceramics | やきもの 超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります Armors & Swords | 武具・刀剣 リレー連載「美の仕事」|澤田瞳子 澤田瞳子さんが選んだ古伊万里 澤田瞳子Ceramics | やきもの アンティーク&オールド グラスの愉しみ 肩肘張らず愉しめるオールド・バカラとラリック Vassels | うつわ 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) 新井崇之Ceramics | やきもの 大豆と暮らす#4 骨董のうつわに涼を求めて ー 豆花と冷奴 稲村香菜Others | そのほか 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション Book Review 会津に生きた陶芸家の作品世界 Others | そのほか 昭和時代の鑑賞陶磁ブーム 新たなジャンルを作った愛陶家たち People & Collections | 人・コレクション 古唐津の窯が特定できる「分類カード」とは? 村多正俊Ceramics | やきもの 新しい年の李朝 李朝の正月 青柳恵介 青柳恵介People & Collections | 人・コレクション