骨董ことはじめ⑤ 明治工芸という世界|清水三年坂美術館・村田理如コレクション RECOMMEND 昨年12月、日本近代工芸の世界的コレクターであり、「清水三年坂美術館」の館長であった村田理如(むらた・まさゆき)さんが逝去されました。 ありし日の村田理如さん(書籍「明治工芸入門」より) 村田さんは、幕末〜明治という激動の時代に、それまで培った江戸工芸の技術を駆使して脅威的な作品を作り上げ西欧世界から絶賛された職人たちの作品を丹念に集め、その魅力をあらためて日本人に知らしめた開拓者ともいうべきコレクターで、『目の眼』には2015年お初登場以来、なんども取材をさせていただきました。 村田さんは幼少の頃から美しいものに惹かれ、昆虫や石、切手など心惹かれるままに集める少年だったそうです。大人になってからも化石や隕石のほか、シルクロード周辺から中南米諸国の工芸品、西洋の陶磁器やガラスなどを買い求めてきましたが、あるとき仕事で訪れたNYの美術店でそれまで見たことのなかったものと出逢います。それが幕末〜明治頃に作られた印籠で、その繊細な仕事と美しさはもとより、日本で作られたものであったことにショックを受けます。というのも、それまで村田さんが見てきた幕末〜明治の美術品というのはとことん渋くて単調なものか、グロテスクなまでに派手でゴテゴテしたものばかりだったからでした。 調べてみると、明治維新によって幕府が倒され、江戸時代が終わった頃というのは、工芸職人にとってもたいへんな時代だったようです。それまで代々、何百年も大名や武家のための武具や調度品を作り続け、腕が良ければお抱えとなって仕事は安泰、というのがあたりまえだった世界は突如消え去ってしまったのです。どれだけ技術が高くても、これまでと同じものを同じように作っても買ってくれる人はいない。そんな時代に生き残りを賭け、職人たちが挑んだのが輸出品でした。 当時は日本全体が「近世」という旧体制を抜け出たばかり、これから目指すべき新時代は一歩も二歩も先ゆく西洋文明という時代でした。明治維新で庇護者を失った京や江戸の職人たち、主に刀装具や調度品を作っていた金工師や、やきもの師たちは、いち早く西洋に乗り出した商人と組み、明治政府が主導して出展した万国博覧会で日本の工芸品が大好評を博したことを知り、外貨を獲得したい政府の意向もあって、輸出用の美術工芸品を作ることに注力しました。そのためこのときのトップクラスの最高級品はほとんどが海外に輸出され、そのまま高値で取引されて、西欧貴族たちのコレクションとなりました。 このとき西洋の人々が驚き、競って買い求めたのが、“超絶技巧”とも称される気の遠くなるような手間と技術が注ぎ込まれた作品群。それも金工、木工、陶磁器、象牙細工、根付、印籠などなど、さまざまなジャンルに及んでいました。村田さんは当初、日本の美術商や研究者を訪ねましたが、当時はだれもその全容を知りません。そこで自ら西洋のアンティーク店やオークションを探し歩いて、猛烈な勢いでコレクションを大きくしていき、ついに2000年、「清水三年坂美術館」を開館。日本で初めての明治工芸専門美術館でした。 ありし日の村田理如さん(書籍「明治工芸入門」より) しかし当時日本ではほとんどの人がその存在を知りません。美術業界でも幕末や明治のものは古美術とはなかなか認められず「新物(あらもの)」とも呼ばれ、その価値を理解されませんでした。そこで村田さんはまた独力でその無理解と立ち向かいます。展示や出版、講演会など熱心に丹念に周知活動を続けた結果、次第にその評価が高まり、村田コレクションの主要な一部は国が購入し、公的なコレクションとして認められるまでになりました。 村田さんの業績は、そのコレクションの質や量はもちろん、多くの日本人の認識をシフトアップさせた行動力にあったと個人的に考えています。 『目の眼』でも、村田さんの講演録をまとめた「明治工芸入門」(20017年)を書籍化しています。 最初の印籠との出逢いについても収録されていますので、ぜひご一読ください。 ▷ 詳細はこちら RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年8・9月号No.582 古美術をまもる、愛でる 日本の古美術には、その品物にふさわしい箱や仕覆などを作る文化があります。 近年では、そうした日本の伝統が海外でも注目されるようになってきましたが、箱や台などをつくる上手な指物師、技術者は少なくなっています。 そこで今回は、古美術をまもる重要なアイテムである箱・台などに注目して、数寄者のこだわりと制作者たちの工夫をご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 羽田美智子さんと巡る、京都の茶道具屋紹介 茶道具屋さんへ行こう Vassels | うつわ 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」 東京国立博物館に蔦重の時代を観に行こう Calligraphy & Paintings | 書画 新しい年の李朝 李朝の正月 青柳恵介 青柳恵介People & Collections | 人・コレクション 展覧会情報|大英博物館 ロンドン・大英博物館で初の広重展。代表作「東海道五十三次」など 山田ルーナCalligraphy & Paintings | 書画 古唐津の窯が特定できる「分類カード」とは? 村多正俊Ceramics | やきもの 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの 秋元雅史(美術評論家)x 北島輝一(ART FAIR TOKYOマネージングディレクター) スペシャル対談|アートフェア東京19の意義と期待 People & Collections | 人・コレクション 名碗を創造した茶人たち Vassels | うつわ 骨董ことはじめ① 骨董と古美術はどう違う? History & Culture | 歴史・文化Others | そのほか 百済から近代まで 歴史の宝庫、韓国・忠清南道(チュンチョンナムド) History & Culture | 歴史・文化 小さな煎茶会であそぶ 自分で愉しむために茶を淹れる 佃梓央前﨑信也History & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ⑧ 昭和100年のいまこそ! 大正〜昭和の工芸に注目 Others | そのほか