世界の古いものを訪ねて#2 アルフィーズ・アンティーク・マーケット|イギリス・ロンドン RECOMMEND ロンドン在住のライター&フォトグラファーの山田ルーナさんが今回レポートしてくれたのは、シャーロック・ホームズで有名なベイカー・ストリートからも近い「アルフィーズ・アンティーク・マーケット」(Alfies Antique Market)。例年とは違う炎夏のロンドンを写真とともにお伝えします。 イギリスの夏は過ごしやすいと思っていましたが、どうやらそのイメージを変えなければなりません。今年のロンドン、とても暑い。こちらの人曰く、どうやら例年以上の暑さだとか。日本のように蒸し暑くはないけれど、日差しがとにかく強く、疲れてしまう感じの暑さです。 そんな夏日の、とある休日。ロンドンのアンティークショップを巡りたいなと思いつくも、脳裏にジュドバル広場の蚤の市を訪れた日の記憶がよぎり(前回の記事「ジュドバル広場の蚤の市|ベルギー・ブリュッセル」を参照)、私は屋内で楽しめる場所を探すことにしました。 見つけたのは、アルフィーズ・アンティーク・マーケット(Alfies Antique Market)。エッジウェア・ロードとメリルボーンの中間にあり、シャーロック・ホームズで有名なベイカー・ストリートからも近くです。 アールデコ調の古い建物が丸ごと全てアンティークショップという、デパート型屋内アンティークマーケット。こういう日こそぴったりかもしれないと思い、エアコンの効いた地下鉄に乗って出かけてみました。 アルフィーズ・アンティーク・マーケットは、チャーチ・ストリートの一角に建っています。 中東・北アフリカ系の住民やお店が多く集まるチャーチ・ストリート。いわゆる青空市場でも有名で、骨董屋の間を突き抜けるように、ローカルなストリートマーケットが広がります。果物や野菜の屋台に混じって、魚屋さんも。生活の匂いが満ちている活気のある通りです。 その通りを抜けると、不意にアールデコ様式の不思議な建物が現れます。それがアルフィーズ。元は19世紀の百貨店だったという建物を改装し、1976年からアンティークマーケットとして営業を続けているそう。 中に入ると、その広さと多様さに驚かされます。この建物は、70〜100名規模の個人ディーラーが集う巨大マーケット。地上階、1階、2階と、階層ごとに異なる専門ディーラーがびっしりと並ぶ様子は、なかなかディープです。 専門性もそれぞれ異なり、アンティーク家具や食器、ヴィンテージのアクセサリー、お洋服もあれば、ドールハウスのお店や、日本の生花に特化したお店も。通路を曲がるたびに全く違う世界が現れるので、迷路を進むような気持ちで滞在そのものを楽しめます。 そんな建物の中でとりわけ目を引いたのは、地上階の奥まった一角にある「Horner Antiques」。外は夏日というのに、壁いっぱいにオーナメントが並んでいます。なんて華やか! 季節の感覚を失って立ち尽くしていると、オーナーのMichaelに「Merry Christmas!」と声をかけられ、その瞬間、もうここは完全にクリスマス。大きなツリーを前に、子供に戻ったような気持ちで色かたち様々なオーナメントを楽しみました。 ソ連やウクライナのヴィンテージガラスオーナメントを中心に、イギリスやドイツ、また日本からも、古いクリスマスオーナメントを集めている「Horner Antiques」。特に1930年〜70年代のソ連のオーナメントはユニークで、ニューイヤー用に、果物や野菜、また宇宙飛行士やロケットといったモチーフが多く作られたのだそう。日本ではあまり見る機会のない珍しいオーナメントが沢山並んでいます。 毎年決まった時期に箱から取り出して大切に飾られるオーナメントって、まるで小さなタイムカプセルみたい。誰かのクリスマスシーズンの思い出だけがギュッと詰まった、このきらきらした飾りには、きっと素敵な物語が詰まってる。そんなふうに考えると、それらは一層輝いて見えるのでした。 私がどうしても欲しくなってしまったのは、青い鳥のオーナメント。丸い胴体に、美しい羽のライン。すっと伸びた尾を見ると、モチーフはカワセミでしょうか。 これは、1980年代、イギリスのウェールズ南部の都市、スウォンジーで作られたクリスマスオーナメントとのこと。小鳥そのままのサイズ感が可愛らしく、まるでファンタジーの世界の鳥が幻想の世界を抜け出し、クリスマスツリーにとまっているように思えます。 今は夏で、クリスマスツリーもロンドンの部屋には置く予定もない。だけど、どうしても連れて帰りたくて、私はこの青い鳥を譲ってもらいました。幸せの青い鳥、という言葉を思い出しつつ、何か良いことを運んできてくれることを願って。 小鳥を包んでもらいながら「屋上にカフェがあるらしい」と思い出し、帰る前に遅めのランチを取ることに。 屋上のカフェは、デパート内の混沌とした雰囲気とは打って変わって開放感があり、広いテラス席が人気。私もやはり、太陽の光が気持ち良いテラス席を選んで、イギリス名物らしいジャケットポテトを頼みました。 そういえば、暑さから逃れたくてここを訪れたはずなのに、進んで日光浴している。可笑しいな、と思いつつ、短い夏を目一杯楽しもうとするこちらの人々の気持ちが、少し分かったような気にもなるのでした。 夏の午後に出会った、冬の記憶のかけらのような一羽の鳥。見えるところに飾っておきたいところだけれど、この夏の思い出を閉じ込めて、クリスマスまで大切に仕舞っておきます。 半年後のクリスマスが、今からとても楽しみ。こんな気持ちを運んでくれた季節外れの青い鳥は、もうすでに、私にとって幸せの青い鳥なのかもしれません。 Information アルフィーズ・アンティーク・マーケット / Alfies Antique Market 会期 火曜〜土曜開催(10:00〜18:00) 会場 Alfies Antique Market[13–25 Church Street, Marylebone, London NW8 8DT, UK] Auther 山田ルーナ 在英ライター/フォトグラファー この著者による記事: ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 Others | そのほか 名所絵を超えた“視点の芸術”が、いま問いかけるもの Others | そのほか ジュドバル広場の蚤の市|ベルギー・ブリュッセル Others | そのほか ロンドン・大英博物館で初の広重展。代表作「東海道五十三次」など Others | そのほか RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年8・9月号No.582 古美術をまもる、愛でる 日本の古美術には、その品物にふさわしい箱や仕覆などを作る文化があります。 近年では、そうした日本の伝統が海外でも注目されるようになってきましたが、箱や台などをつくる上手な指物師、技術者は少なくなっています。 そこで今回は、古美術をまもる重要なアイテムである箱・台などに注目して、数寄者のこだわりと制作者たちの工夫をご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 百済から近代まで 歴史の宝庫、韓国・忠清南道(チュンチョンナムド) History & Culture | 歴史・文化 名碗を創造した茶人たち Vassels | うつわ 日本橋・京橋をあるく 特別座談会 骨董街のいまむかし People & Collections | 人・コレクション 展覧会レポート|大英博物館「広重展」 名所絵を超えた“視点の芸術”が、いま問いかけるもの 山田ルーナCalligraphy & Paintings | 書画 展覧会情報|東京国立博物館 東京国立博物館 特別展「はにわ展」|50年ぶりの大規模展覧会 Ceramics | やきもの 骨董ことはじめ③ 青磁 漢民族が追い求める理想の質感 History & Culture | 歴史・文化 秋元雅史(美術評論家)x 北島輝一(ART FAIR TOKYOマネージングディレクター) スペシャル対談|アートフェア東京19の意義と期待 People & Collections | 人・コレクション 骨董ことはじめ① 骨董と古美術はどう違う? History & Culture | 歴史・文化Others | そのほか 根付 怪力乱神を語る 掌の〝吉祥〟を読み解く根付にこめられた想い Ornaments | 装飾・調度品 展覧会情報 装い新たに 荏原 畠山美術館として開館 History & Culture | 歴史・文化 TSUNAGU東美プロデュース 古美術商が語る 酒器との付き合い方 Vassels | うつわ 大豆と暮らす#4 骨董のうつわに涼を求めて ー 豆花と冷奴 稲村香菜Others | そのほか