CHAPTER 1
剛力彩芽、
着物を誂えます

京都にやってきました!
この連載ではこれまで、大阪の茶道具商「戸田商店」の戸田貴士さんの指導のもと、織部や志野といった美濃陶や、樂歴代の茶碗など、ふだんはなかなかふれることのできないような茶道具の名品を手に取りながら、日本の美とか、古美術ってこんなにお洒落でカッコイイものなんだ、ということを、いろいろと教わってきました。

そして前回、といっても去年の冬のことですが、「春になったら、簡単な懐石と気軽な茶事でもやってみましょうか」と貴士さんが提案してくれたのです。やったー!とすごく楽しみにしていたのですが、年が明けたら新型コロナという疫病の蔓延によって、お茶事どころか、お仕事も、外に出ることさえも、ままならないうちに春が過ぎてしまいました。がっかりしていたら『目の眼』さんから「お茶事はしばらく難しくなってしまいましたが、ちょっと時間ができたと思い直して、この機会に戸田さんのお茶事に着ていくお着物を誂えてみませんか?」とのご提案。

「え? 着物をいちから誂えるって、すごくタイヘンじゃないんですか?」とたずねると「いえ、それがとっても楽しいらしいんですよ。しかも今回、京都屈指の老舗呉服屋さんから、戸田さんの紹介ならば、と取材のOKがもらえたんです。まずは見学だけでもどうですか?」との誘い文句に負けて、京都へとやってきたのでした。

訪れたのは、京都の繁華街・四条河原町。交差点からすぐのところに「ゑり善」はありました。笑顔で迎えて下さったのは専務取締役の亀井 彬さん。すらりと背の高い美男子で、出で立ちもさすがの着こなしです。

ふだんでも着物を着こなせる大人になりたいと思っていたんです ふだんでも着物を着こなせる大人になりたいと思っていたんです

↑今回案内人をつとめていただく専務取締役の亀井彬さん(右)常に笑顔でわかりやすく紹介してくださいました。ゑり善京都本店2階のショールームにはたくさんの美しい着物たちが飾られていました。

↑剛力さんが最初に注目したあやめ柄の着物は、「無双」という初夏の一時期にしか着れない特殊なもの。絽の生地を内側にして、紗の生地を重ねたもので、下の絽の生地に描かれたあやめ柄が、上の薄緑の紗の生地から透けて見え、涼感をかもしだす効果がある。

「はじめまして、お着物はモデルのお仕事で経験があるので着るのは慣れているんですが、誂えるというのは初めてで、一から教えてください。すごく歴史ある呉服屋さんとうかがいましたが……」

「うちは天正12年ですから本能寺の変の2年後ですね、京染屋として創業し、のちに半襟をメインに商ってきました。明治時代には繁盛していたようで、夏目漱石の日記(明治43年)にも「ゑり善」の名が登場しているのですが、奥さんに買わされた、って書いてあるんですよ(笑)。というのも当時の価格で十数円したそうで、その頃の大卒の初任給が三十円くらいでしたから、かなりの高級品だったんです。これ(下写真)はうちに遺っているその当時の半襟なんですが、腕の良い職人による刺繡が細かく施されています。汚れたら取り替える消耗品ですし、実際着用すると模様が見えるのは数センチ幅くらいしかないのですが、そこにお洒落を提案したんですね」

↑明治後期〜昭和初期あたりに販売していた半襟の見本。裏地まで丁寧な仕事ぶり

「すごい、やっぱり着物の世界は奥深いですね。仕事柄いろんな服を着てきましたけど、実はふだんの生活でも着物を着こなせるような大人になりたいとずっと思っていて、この機会に着付けも習おうと考えているんです」

「それならぜひ一枚誂えられると良いですよ。今回の目的はお茶事に来て行かれるお着物とうかがってますので一着目としてのお勧めは色無地になるかと思いますが、今日は事前体験ということで、勝手ながら私の方で、剛力さんに似合うんじゃないかと思うお品をいろいろとご用意しておりますので、まずはひとまわり見て、気になったものはどんどん身に付けてお試しください」

亀井さんがニコニコしながら反物を出してきて、試着タイムの始まり。

「巡礼衿」を巻いて、反物をくるっと回すだけで仕上がりがイメージできます。これに帯を腹前であわせるとすっかり試着したよう。着物好きにとっては至福の時間だそうで、剛力さんの頬も緩みっぱなしとなりました。

次は「型絵染」の着物。「色数の多いものは誰でも似合うというものではないのですが、さすが剛力さん」と亀井さんも感嘆していました。

↑帯には葡萄柄のワインレッドの帯や、サンタやリースなどが刺繡で施されたクリスマス柄の帯など、斬新で遊び心のある取り合わせを提案していただきました。

「うれしい! 飾っていただいた振袖も留袖も、どれもステキで目を奪われますが、色無地以外の反物もいろいろご用意くださったんですね」

「ええ、この一反で一着分の着物を仕立てることが出来ます。幅は一尺といって約38センチくらい、これは人間の腕の長さを基準としています。長さは13メートルほどあります。例えば男性用のスーツなどは表地だけで20ほどのパーツが必要ですが、着物の場合、表地は基本8つのパーツで仕立てますので、余った生地は内側に縫い込んでしまいます」

「内側に? なぜ残すのですか?」

「例えば年を経て体型が変化したときとか、娘や孫に着物を譲ったときにその方の体型に合わせて仕立て直す際、縫い込んであった生地を出し入れして調整するんです。うちのお客様に、5代にわたって着物を受け継がれておられる方がいますが、そのたびに私どもがお預かりして調整をさせていただいております。このように着物というのは、丁寧に扱えば世代や時代を越えて伝えられていくものでもあります。そのためのメンテナンスや、着物の扱い方をアドバイスさせていただくのも私たちの大事な仕事なんです。あらためて考えると、古美術と似た側面があるかもしれませんね」

着物は洋服よりも難しいもの、と思い込んでいましたが、手間を厭わず、大事にしてあげれば長く美しく応えてくれる。戸田さんで見せていただいた茶道具たちと同じなんだな、と感じました。

次回、ゑり善を再訪して、色無地の生地を選びます。おたのしみに!