小さな煎茶会であそぶ

自分で愉しむために茶を淹れる

History & Culture | 歴史・文化

茶銚:白磁 一文字蓋 江南好 真葛香斎 
茗碗:釉裏紅 牧牛図 昇玉好 三國丹祐 
茶托:昇玉好 黒漆鉄銀覆輪 大西成古 
水注:白磁 鳳凰瓶 昇玉好 真葛香斎 
茶心壺:錫 壺式 松下喜山 
茶合:煤竹 竹石図刻 加納鐵哉 
巾筒:奇竹 木下翠香 

 

 

対談 佃 梓央(一茶庵宗家嫡承)、前﨑信也(京都女子大学准教授)

 

江戸期から昭和初期にいたるまで多くの文人に親しまれた煎茶とはどういうものか、ここでは一茶庵宗家嫡承の佃梓央さんと京都女子大学准教授の前﨑信也さんのおふたりに小さな煎茶会を開いていただき、その趣向と愉しみ方について語っていただきました。

 

*この対談は『目の眼』2021年9月号に掲載されています。

 

 

田能村直入の画神堂の一部を当時のまま残している。白壁に「画」字が入った軒丸瓦が美しい。

 

 

──哲学の道の始まりに位置するギャラリー左右は田能村直入ゆかりの建物だとお聞きしましたが。

 

前﨑 はい、直入の画塾兼自宅であった画神堂の土蔵と聞いています。私はもともと明治時代に陶工として初めて帝室技芸員に任命された三代清風與平の研究をしていました。左右のオーナーの長谷川さんと知人を介して知り合った時に、田能村直入は清風の絵の師匠だとお伝えしたら驚かれました。この空間を使って何か出来ないかと相談を受けたので、一茶庵の佃梓央さんを紹介して、直入・清風が愛した煎茶を柱にした会を企画したのが始まりです。

 

 

──今日のテーマはなんでしょうか。

 

前﨑 テーマというわけでもないですが、まずは三代清風與平の山水画。あとは、直入が京都市立芸術大学の前身の京都府画学校の初代摂理(学長)だったので、芸大出身の村上華岳と河合卯之助の軸にしました。清風は姫路出身で12歳頃に絵師になることを目指して、大坂で活躍していた直入に弟子入りしました。その後、陶工になることを決めて京都に来た清風の後を追うかのように直入も京都に来ます。二人の関係は続いて、清風の陶磁器に直入が絵付けした合作もたくさん作っています。

 

 今日は玉露を用意しました。美しい玉のような露がポタポタと落ちる様子をたとえた名です。濃く甘く淹れます。夏目漱石の『草枕』の一節に「舌頭へぽたりと載せて、清いものが四方へ散れば咽喉へ下るべき液はほとんどない」という話がありますが、うまく表現したものです。

 

 

──煎茶会の特長をお聞かせください。

 

前﨑 煎茶とは、もともと教養人がひとりで絵を鑑賞したり、詩を詠んだりする時にそばにあったものです。ひとりで遊び、自ら娯しむ。つまり「自娯」。そこに友人が訪ねてきた。さて何をして遊ぼうかという時に「まあ、お茶でもどうぞ」と出てくる。

 

 はい。教養人たちが自ら娯しむための場所は、今の言い方でいうと「書斎」、古い言い方だと「文房」。「文房具」という言葉がありますが、これは文房空間で使う道具の意味で、いわば文房で自ら娯しむための道具のことなんですね。筆を取り、詩を詠み、お茶を飲むための道具。文房具というと昔は筆、硯、紙、墨、そして驚かれることが多いですが、お茶を飲むための道具も文房具の一種だとも言えるのです。文房には遠い過去から現在までの様々な情報の詰まったたくさんの本や、いろいろな人の思いが詰まった芸術品があり、いまここには過去と繋がる自分たちがいる。お茶を飲みながら、この繋がりの中に身を置けるのが「娯しみ」の醍醐味ですね。

 

前﨑 いつも佃さんと煎茶を通して遊んでいるときに思うのは、お茶の味が絶妙ですよね(笑)。単に「美味しい !」ということではなくて、その時テーマになっている例えば絵画の雰囲気や話題にあってるような気がする(笑)。忘れられた不遇な芸術家の話をしているときに出て来るお茶は、なんか複雑で苦味があったり……。

 

佃 その味わいが出ていればいいなと思っているんですが。お茶葉とお茶の淹れ方のバリエーションはたくさんあって、それは江戸から明治にかけての煎茶書で本当に数多く出て来るんです。その中から、今日はどのお茶を選んで、どんな淹れ方をしようかと、その日のテーマやメンバーで決めていくわけですね。淹れ方もいろいろなわけですから、飲み方もバラバラでいいと思っています。隣の人と違う飲み方をしたり、違う感想を言ったり、場はその方が盛り上がりますよね。

 

10滴ほどの茶を淹れるためにこれだけの茶葉を使う。何気ない所作も美しい。

 

 

──今日お持ちいただいた3点の軸の説明をお願いします。

 

前﨑 大正3年の春に描かれた三代清風與平の《渓山書屋図》です。実は同年の秋に彼は亡くなっています。晩年は体調が悪かったようですが、それを思わせない力強い筆致で描かれた南画のお手本のような作品です。ギャラリー左右の裏には小川が流れていて、今まさに水の音も聞こえています。この絵画に描かれた草閣に居るような気分になる。南画の使い方のひとつに掛けられた場所を設定するというのがありますが、今日の場所にはぴったりの作品ですね。まさに絵の内と外がつながっています。

 

 村上華岳の《南瓜》とは珍しいですね。かぼちゃの語源は「カンボジア」とされています。また、湯を沸かす道具にボーフラがありますが、これはポルトガル語でかぼちゃのことを「ボウブラ」と呼び、形が似ているからと考えられています。

 

前﨑 それから河合卯之助の《富貴》という作品です。箱書にある「富貴」とは牡丹を意味することを知る人は多いと思います。そこで牡丹の絵かと思って掛けてみると、フキの葉でしたというダジャレです。こういうのも、会の途中で絵を掛けかえることのある煎茶の楽しみのひとつですね。

 

一茶菴の若宗匠・佃梓央さん(左)と前﨑信也さん。モノ好き同士の話は尽きない。軸は三代清風與平《渓山書屋図》。

 

 

──いつもこんなに愉しい集まりですか?

 

前﨑 コロナ禍で集まれなくなったので、「サイコロ茶会」という会をオンラインで2カ月に一度やっています。

 2020年にギャラリー左右主催のお茶会がコロナで中止になったことがありました。予定が空いてしまったので、オンラインで茶会をしようということになりました。京都で新しいお抹茶を提案されている中山福太朗さんと我々が、サイコロを振って誰が話すのかを即興で決め、手持ちの道具について語るという内容です。

 

前﨑 ここでは人が集まる場があるからお茶があるわけで、「お茶を飲む会をするから集まろう」というスタイルではないんです。

 

佃 木村蒹葭堂はある分野に特化した専門的学者でもなければ職業的芸術家でもない。学問や芸術をこよなく愛し、学芸に遊ぶ知識人です。領域横断的で綜合的、かつ、とても深い思索に富んでいる。学問や芸術を遊び娯しめる究極のアマチュアです。

 社会的立場としてのプロ・アマを問わず、しかし精神的にはアマチュアとして、集まり遊ぶための座としての煎茶の集い。コロナ以降の世の中で、オンラインなどさまざまな形に変わっていきながら、これからもコーディネートしていきたいですね。

 

──本日はありがとうございました。

 

 

 

『目の眼』2021年9月号 特集〈文人の眼〉

Auther

佃 梓央 / 前﨑信也

佃 梓央(つくだ しおう) 一茶庵 宗家嫡承
1985年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、父佃一輝に師事。号は如翺。関西大学非常勤講師・朝日カルチャーセンター講師。2020年より、現代アートと中国古美術とが煎茶を介して出会う新感覚のサロン「ART GATHRING」の立ち上げに参加。

前﨑信也(まえざき しんや) 京都女子大学家政学部生活造形学科准教授
1976年、滋賀県生まれ。ロンドン大学SOAS大学院博士課程修了。2008年より立命館大学で海外の美術館・博物館に所蔵されている日本工芸品のデジタル化に従事。2015年から現職。京都市立芸術大学芸術資源研究センター客員研究員なども兼務。

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