茶の湯

デービッド・アトキンソン

小西美術工藝社代表取締役社長

私がお茶を始めたのは1999年です。東京の自宅は青山にあって、外観と内装はイギリス風にデザインしました。1997年に土地を購入して、1998年に家が完成しました。特に内装に関してはこだわりがありましたので、デザイナーと実際に壁紙を貼る職人をイギリスからわざわざ呼び寄せて施工したため、かなり本格的なイギリス様式の家になりました。その中で、一室のみを和室にしました。

 

長年金融の世界にいて、忙しい日々を送っていましたが、癒やしの時間、今まで接したことが無い人と交流するといった目的もあって、日本的なこの和室を生かすことができるお茶を学ぶことにしました。

 

イギリス人ですから、紅茶が好きなこともあって、日本茶に対して全く抵抗感はありませんでした。昔から焼き物にも興味があり、多少集めていましたし、日本庭園や茶室も好きでしたから、ある意味でお茶に興味を持つのは自然な流れでした。しかし、着物も持っておらず、着方も知らない、お茶がどういう世界かも分からないので、迷いはありましたが、裏千家に連絡をして、近所の先生を紹介して貰いました。

 

1985年に来日した一年間の間に少しだけ基礎的な点前を勉強していたことがあったので、入門後は割と早く普通にお稽古が出来るようになりました。やりだして三ヶ月経った頃に高田馬場にある茶道会館にて、初めて大寄せ茶会で薄茶のお点前をさせて貰いました。三ヶ月ですから、毎週稽古に通い、一対一で二時間、休まずにお稽古を付けて貰って、なんとか当日をこなすことができました。

 

二年も経たない頃、藪内流のお茶事に呼ばれました。町田にある素晴らしいお宅で、ちょうどタケノコの季節でした。ご亭主が当日敷地内にある竹藪に入って自らタケノコを掘って、それを懐石に出されたことは今でも忘れられません。やはり、そういう体験はお茶の醍醐味だと思います。季節は春でしたから、美しい景色の中、露地を堪能したり、茶室から自然を眺めたり、美味しいお茶をいただき、最高の二刻でした。

 

ただ、唯一問題だったのは正座です。全席を頑張った分だけ後入りの時はかなりきつかったです。ご亭主のお点前で一番記憶に残っているのは、炭点前の時に、炉から入り口まで小さな羽で畳を清めた時です。裏千家では大きな白鳥の羽を大胆に使って清めますので、十条の広い茶室でもすぐに終わりますが、藪内流のご亭主は小さな羽で丁寧に清めていました。足を崩したくないし、長時間の正座でかなり足がしびれていたので、もっと早くやって貰えないのかと思いながら所作を見つめていた記憶が鮮明に残っています。

 

初めてのお茶事を経験したことで、自分でもお茶事をしてみたいと考えるようになり、毎週着物を着て、一所懸命お稽古に励むようになりました。

月刊『目の眼』2017年6月号

Auther

連載|ふしぎの国のアトキンソン 3

デービッド・アトキンソン

小西美術工藝社代表取締役社長。元ゴールドマン・サックス証券アナリスト。1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。2009年、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社。2011年に同社長に就任。日本の文化財の価値を見いだし、旧来の行政や業界へ改革の提言を続けている。『新・観光立国論』、『新・所得倍増論』など著書多数。

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