ビンスキを語る

ビンスキは どこからきたのか
〜その美意識の起源を辿る

History & Culture | 歴史・文化

骨董好きの人と話していると「ビンスキ」という言葉を聞きます。「アイツはビンスキだ」なんてよく言いますね。でもビンスキってなんだろう? と、これまで突き詰めて考えたことがなかったことに気づきました。そこでビンスキという言葉を生み出した側の、最も中心近くにいたであろうみなさまに、その概念というか、美意識の淵源を辿ってもらいつつ、ビンスキとは何か、についてうかがえればと思います。

 

(司会:目の眼 井藤丈英)

 

 

左から 高桑英隆(陶芸家)/勝見充男(古美術商)/青柳恵介(古美術評論家)/山ノ井良雄(古美術商)

 

 

❖ビンスキって、なんだろう?

 

青柳 ビンスキという言葉は略称で、もともとは「貧乏数寄者」という言葉が発祥ですね。骨董好きで、眼は利くけど残念ながらお金がなくて、王道の名品には手が届かない。

 

勝見 でも安くて見どころのある佳品を見つけてくるのがうまい。自然、傷物とか、どこかに難アリのものが多いけど、魅力的なもの。

 

山ノ井 最初は骨董屋が言い出したんですよ。「かわいそうに、あの人はビンスキだね」って。

 

── つまり最初は、悪口というほどではないにしろ、ちょっと揶揄するような使われ方だったんですね。

 

青柳 それを我々が逆手にとって「ビンスキ上等じゃないか、ビンスキにしか見つけられない世界だってあるんだ」と……。

 

── 褒め言葉に転換したわけですね。それは、みなさんが「ビンスキの会」を結成した頃ですか?

 

勝見 ビンスキの会が正式に発足しているのかどうか定かではないのですが(笑)、そもそもの始まりは『目の眼』なんですよ。

 

── え、ウチですか?

 

勝見 「骨董改札口」という1985年から3年ほど続いたリレー連載がありまして、その執筆メンバーが夜な夜な集まった呑み会が、ビンスキを語る会に発展したんです。最初は4人でしたっけ?

 

青柳 僕はまったく憶えてないんだよね(笑)

 

高桑 最初はメンバーも固定してなくて、増えたり減ったりしたね。

 

山ノ井 あれは最初僕に連載の話がまわってきたの。でも1人じゃイヤだってごねて、「甲斐」の鶴岡隆司さん(137頁「美の仕事」参照)が声をかけたのがこの面々なんですよ。

 

青柳 山ノ井さんも高桑さんも、僕は秦秀雄さんの紹介で知り合ったのが最初かな。後に僕が結婚したときに高桑さんが食器を一揃い作ってプレゼントしてくれたんです。まだ使ってますよ。

 

高桑 そのあと新婚家庭にみんなで押し掛けたんだよね。夜中の3時すぎても呑んでたら、奥さんに怒られたんだよ。

 

青柳 そんなことあったっけねぇ。

 

高桑 みんなで信州とか旅をしたよね。

 

勝見 うまい蕎麦とか、豆腐を探しに行こう、なんて何回か行きましたね。

 

山ノ井 連載の原稿料をみんなで貯めて、地方の骨董屋をまわったりしようかと計画したんだよ。当時『目の眼』の原稿料で1万円というのは最高値だったの。僕が交渉したんだから。

 

── よかったー、払ってて。まだ貰ってないぞ、って言われたらどうしようかと思いました(笑)。

 

高麗青磁徳利 高10.0cm 山ノ井良雄蔵

 

 

❖秦秀雄とビンスキ

 

勝見 話が脱線しましたが、こんな感じで骨董好きが集まったものですから、呑み会で使う酒器とか、最近手に入れた戦利品を互いに持ち寄って、良いだの悪いだの意見を戦わせるようになったわけです。

 

── 『目の眼』の草創期に、秦さんや鶴岡さんが積極的に関わってくれた話は聞いていましたが、その弟子筋というか、後輩世代にあたるみなさんが、ビンスキという美意識を深めていったんですね。私はてっきり秦さんが提唱した概念なのかと思っていました。

 

山ノ井 秦秀雄は「おれはビンスキだ」なんて一言も言ってませんね。あの人にはいろんな顔がありますけど、骨董商としては王道の茶道具とか、鑑賞陶器、高価な仏教美術を山ほど扱っています。廣田不孤斎とは大親友でしたしね。でもそんなことはおくびにも出さず、本に書くのは欠けた徳利とか瑕のある壺とか、ビンスキ的なエッセイばかりで、あれは計画的な作戦だな。

 

── でも当時、本でしか秦さんを知らない若い読者が、それを読んで骨董好きになるわけですから、直接言ってないにしてもビンスキの仕掛け人ではありますね。

 

左 染付寿字文盃 口径6.2cm 高5.7cm 秦秀雄蔵   右 初源伊万里盃 口径7.4cm 高5.1cm 勝見充男蔵

 

 

❖ビンスキは王道に対するアンチテーゼ

 

── では「オレはビンスキだ」って誰が言い出したんでしょうか?

 

勝見 青柳さんじゃないの?

 

青柳 僕じゃないよ、勝見さんじゃないの?

 

── そのあたりが怪しいですよね(笑)

勝見 誰が最初かはともかく、先に話した「骨董改札口」の第1回で、ビンスキについて青柳さんがこう書いてるんですよ。抜粋しますよ。

 

 〝〜骨董好き、道具好き、その好きさ加減は尋常ではなく、ものも一往見える目をもっているが、その目は世間で通用している道具を受容しうる目ということにとどまらず、何か新しい発見をせねば落ち着かぬふうな心を持っているから、心あまりて詞たらずの伝で言えば、心が目に先行しがちで、往々にして心に目が躓くのである。しかし世の中に見過ごされているものをとりあげる目は、そういう目でもあるから、道具屋は彼らが端倪すべからざる者どもであることは百も承知である。が、何といっても彼らは金がない。道具屋にとって「いい客」ではないことは言うまでもない。彼らも自身金を持っていないことは、また百も承知であるから、腹が減ればどこそこのフィレのステーキが食べたいとか、どこそこの鴨が食べたいなどとは、とりあえず考えない。まず、日本一のタクワンが喰いたいなあと考える。その流儀で骨董屋に足を運ぶのである。

(中略)

言わば、退廃的で低能なこの時代、(サラリーマンは何故みんなチューハイを呑んでカラオケで唄い、ゴルフの話をしたがるのか。金持ちは何故こぞってベンツに乗りたがるのか。現代の鑑賞の世界はこの地平から決して無縁ではない)にあって、「ビンスキ」なる語は頽廃を、閉塞を、その語の持っている二重の否定性故に、打ち破り突き崩す起爆剤となる可能性があるのではなかろうか。〟

 

 

青柳 ……良いこと言ってるねぇ、憶えてないけど(笑)。

 

── いやもう十分に「宣言」じゃないですか。時代感覚も35年前とは思えないほどいまと重なります。

 

勝見 というわけで、すでに評価の定まった高いモノを安く買おう、というのはビンスキではないんです。王道の美意識では弾かれてしまったもののなかにも魅力的なモノはあるはずで、そういうモノを拾い上げることによって世界を広げていこうという精神なんですね。

 

── たとえ瑕があっても、カセてても、ですか。

 

山ノ井 瑕があってもいいモノと、やっぱりいけないものがあるんだけどね。そこを見極めながら、瑕だろうがカセだろうが、個体としての魅力を損なっていないものを拾い上げていこうということだね。

 

高桑 他に誰もみつけてないけど、これいいでしょ、という発見が愉しいわけです。

 

勝見 さっきに続く部分も重要ですよ。

 

 〝〜本来「ビンスキ」などと言わず、「ワビスキ」でいいのであり、もっと言えば「スキ」だけでいいのである。しかし長い間に伝わっているうちに「スキ」もしくは「ワビスキ」という言葉のもつ力は失われ、同時にこの語の背景にある否定の精神もかすんでしまい、余計な垢も付いたのである。どこかの道具屋が冠した「貧」という露骨な否定性は、はからずも「数寄」という語に新たな息吹を与えたようである〜〟

 

大徳寺一五九世の住持・賢谷宗良が、その法を嗣いだ弟子の清巌宗謂に渡した遺偈。

 

── なるほど、つまり侘数寄も本来は、王道に対するアンチテーゼだったわけですね。しかしいつしか侘数寄が王道に取って代わってしまって、さらにそれに対する「ビンスキ」なわけですか。

 

山ノ井 日本人は平安・鎌倉以来のモノ好きですが、室町時代になると、とくに将軍家や大名が主導するかたちで唐物数寄を流行らせたんです。そうした上からの華美で絢爛豪華な数寄に対してアンチテーゼを起こしたのが侘数寄なんですよ。

 

勝見 新たな美の領域の発見という意味では、侘数寄とビンスキの精神は同質だよね。

 

山ノ井 侘数寄を提唱した人のなかでも最も過激でビンスキに近いのが丿貫(編注:桃山時代の茶人で、権威に逆らい数々の奇行と清貧で知られた)だろうね。

 

── では、仮に定義してみましょうか。

 

 「ビンスキとは1980年代頃に広まった美意識。唐物数寄や大名数寄といった上層階級主導の権威的な美意識に対して提唱された侘数寄の精神を汲むもので、金銭的価値にかかわらず、これまで見過ごされてきた新しい美の領域を開拓しようとするもの。遠祖はノ貫、流祖が秦秀雄」というところでしょうか。

 

勝見 概ね間違ってないと思うけど、こういうのって、あまり定義しないほうがいいよね。

 

青柳 概念とか美意識は、名付けられた瞬間から古びていくものですからね。べつに「新感覚派」でも「モノ派」でもいいんです。「ビンスキ」という言葉自体も生まれてから35年以上経って、昭和から令和となり、大きな時代の変わり目を迎えています。ビンスキという美意識もまた次の世代に引き継がれて変化していくでしょう。

 

── なるほど、ありがとうございました。

 

『目の眼』2021年3月号 特集より

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ビンスキの系譜 

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