超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります

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日本刀は、制作された年代によって呼び方が異なる。平安時代中期以前は上古刀(じょうことう)の時代と呼び、反りのない直刀がほとんどだ。平安時代中期以降から江戸時代の慶長(1596〜1614)までは古刀の時代で、武士の台頭とともに日本刀の製法が確立された。慶長以降、元禄時代頃までは寛文新刀と呼ばれる新刀の時代で、幕末期は明治以降は現代刀と呼ばれる。

 

 

◇五ヶ伝(ごかでん)

古刀時代は、戦乱による内需拡大でより強い刀が必要とされ、数多くの刀が作られた。刀鍛冶も集団で刀を作るようになって技術を磨き、作風に特徴が現れるようになる。明治時代に古刀の作風の研究が行われ、大和国(やまと)・備前国(備前)・山城国(やましろ)・相模国(さがみ)・美濃国(みの)の五つの作風に分類できたことから、この五ヶ所のことを日本刀の五つの源流、「五ケ伝」と呼ぶようになった。五ケ伝からは名工・名刀が多数生まれ、その技法は現代刀にも受け継がれている。

 

◇大和伝(やまとでん)

大和(奈良)の鍛冶集団は、奈良時代からすでに刀を作り出していたといわれる。現代に残るのは鎌倉時代からの刀で、他国の鍛冶に比べて鎬地が広く棟が高いので、断面は菱形になる。南北朝時代に入ると、大和鍛冶は全国に移住していった。

 

◇備前伝(びぜんでん)

備前、現在の岡山県南東部の吉井川流域では、原料の砂鉄や燃料に恵まれたため平安時代から室町時代末期にかけて、刀工数、制作数で他国を圧倒するほど数多くの刀が作られた。主な一派に古備前、一文字派、長船(おさふね)派、直宗(なおむね)派、畠田(はたけだ)派、鵜飼(うがい)派ほか、派生した数多くの名工を輩出した。

 

→ 日本刀五ヶ伝の旅 備前伝 長船鍛冶の黄金期(田野邊 道宏 著)

 

◇山城伝(やましろでん)

京都南部の鍛冶で、平安時代から鎌倉時代に最盛期を迎えた。地肌がきれいで、鍛の板目が詰んでいるのが特徴。特に粟田口(あわたぐち)派の作品は日本刀の地鉄では最高峰と称えられる。

 

→ 日本刀五ケ伝の旅 山城伝編(田野邊道宏 著)

 

◇相州伝(そうしゅうでん)

鎌倉末期に各地の刀鍛冶が移住して相模国(現在の神奈川県)で始まった技法。南北朝時代の争乱期に長い刀が要求され、薄い刀身で十分な強度を有する刀が作り出された。新藤五国光(しんとうごくにみつ)や行光(ゆきみつ)、正宗(まさむね)らにより作風が完成し、各地に大きな影響を及ぼした。

 

◇美濃伝(みのでん)

大和鍛冶が鎌倉末期から室町初期に美濃に移住し始めたとされる。板目肌に柾目肌が混じり、白化映りが入るものが多い。鋭い切れ味で実用的とされる。中心地の関は現在も刃物の町として知られる。

 

◇その他

五ケ伝以外にも奥州から北陸、山陰、九州など、日本各地それぞれに刀工が腕をふるった産地がある。

 

 

*雑誌限定記事* 日本刀の種類や産地の解説のほか、『目の眼』2017年1月号の「超! 日本刀入門」特集では日本刀の各部分の名称や意味、スタイルの違いなどを、作品写真や図解付きで紹介しています。

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