数百年、千年の刻を生き抜いてきた古美術・骨董品は、どれほど大切にされてきた伝世品であろうとも全くの無傷完品の状態を保つのは難しく、補修は欠かせない。陶磁器の修復では日本一と評される美術古陶磁復元師の繭山浩司さんと悠さん親子の工房を訪ね、やきもの修復の現場を拝見させていただいた。連載3回にわたり、唐津茶碗を修復する様子をお届けする。
*この連載は『目の眼』2019年2月号に掲載されています。
美術古陶磁復元師の繭山浩司さんとご子息の悠さん
特別に工房の取材をお許しいただきました
古美術業界で繭山さんの名前を知らないという人はいないだろう。修復の仕事を始めたのは名人と謳われた先代の萬次さんからで「直しの繭山」、「修復の魔術師」との異名をとるほどの活躍をされた。
やきものの修復を行う職人は昔からいたが、従来は破損箇所を漆などで繋いで覆い隠し、色合わせする程度で、〝し〟といっても本来の光沢や透明度までは再現できず、時間が経つと変色や剥離が生じて使い物にならなくなることが多々あったという。また室町時代後期に侘茶が流行すると、傷をあえて装飾的に見せる金継ぎが評価されて広まったが、耐久性という意味では大差なかった。ところが繭山萬次さんの手にかかると、うつわ本来の色味や耀きはもとより、欠けた絵付まで完全に再現され、肉眼でも紫外線を照射してもすぐには修復箇所がわからないほどの出来だったため、古美術商やコレクターだけでなく国内外の美術館からも依頼が殺到したそうだ。
そこには萬次さんが独自に研究・開発した素地や釉薬などの修復素材、そして知恵と技が詰まっているのだが、そうした秘伝をすべて受け継いでいるのが当代の浩司さんと後継者の悠さんであり、これからの連載ではお二人の仕事を追いながら、語れる範囲でその一端を紹介していただく。
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前置きが長くなったが、最初はごく基本的な作業を見てもらいましょうとのことで、某茶人から依頼されたという唐津茶碗の修復を見ていくことにしよう。
最初の依頼品は、個人所蔵の無地唐津茶碗
口縁部の金直しを外して共直しにする
一見、熊川形ともいえるスタイルを持つ、見るからに伝世味あふれる無地唐津茶碗。
「古い金直しが少々雑で茶碗とそぐわないので、口にあたる部分を共直しにしてほしい、という依頼でした」と浩司さん。工程としては、①金直しを外す、②欠けた部分の修復、③色味や質感の復元という三つの作業からなり、最終仕上げまでの工程は悠さんが担当し、適時、浩司さんがチェックしていくという体制。
それではさっそく、と悠さんはおもむろにカッターナイフを取り出して、サクッと刃を入れる。ごく小さな箇所だが、茶碗に刃が入っている光景はなかなかショッキングだ。
自宅近くのマンションの一室が工房となっており、低い机を設えて、座っての作業。
父であり師匠である浩司さんの作業場は隣の部屋にあり、なにかと相談しながら進めていく
「状態によっては切り出しなどを使うこともありますが、カッターナイフは薄くて使いやすいし、刃の交換などのメンテナンスも楽なのでよく使いますね」と傍から瓶を取って見せてくれた。中にはこれまで使ってきた替刃がぎっしり。これで一年分くらいかな、と聞いて驚いていると、「オレはもっとあるぞ」と浩司さんも見せてくれた。
毎日のように使うカッターナイフはこまめに刃を交換するため、あっという間にこれくらいの量はたまってしまうのだという
もちろん茶碗の素地を傷つけないように慎重に削っていくのだが、ものの十数分でおよその部分はきれいに外された。
金の下の塗料を削り起こす
繊細で絶妙の力加減が要求される作業
「ブラックライトを当てるとわずかに残った漆や塗料が光って見えるんですよ」と、コツを教えてくれる悠さん。
ブラックライトを当てると削り残した漆などの塗料が光るそうだ
古い直しがきれいに外れたので、改めて素地の状態を確認する
きれいに拭って、ひとまず完了。次回は、欠けを埋めていく妙技をご紹介しよう。