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リレー連載「美の仕事」|澤田瞳子

澤田瞳子さんが選んだ古伊万里

Ceramics | やきもの

*​​​​澤田瞳子さんのリレー連載「美の仕事」全文は、『目の眼』電子増刊第1号に掲載されています。

 

もともと観光客の多い街ではあったが、ことにこの一年ほど、京都を訪れる観光客の数はうなぎのぼりである。ことに目立つのは外国人観光客で、駅や有名観光地はもちろん、ちょっとした飲食店や路地にもどっどと人波が押し寄せている。ただそんな中でも祇園や八坂神社にほど近い骨董の町・新門前エリアは、かつてとさして変わらない静けさに包まれている。決して、外国人観光客の姿を見かけないわけではない。それにもかかわらずこの一帯が市内中を包む喧騒とは不思議に無縁であり続けているのは、各店がまとう長い歴史の静けさによるものだろうか。

 

 

 

 

「先日、外国人観光客の方がふらりと入って来られて、この蕎麦猪口を棚ごと丸々欲しいと仰ったんですよ。でも壁から取り外すのもひと苦労ですし、なによりわたしが寂しくなってしまうので、お断りしました」

 

そう穏やかに笑う関川紳子さんは、今回うかがった戀壺洞の二代目店主。初代でいらっしゃるお父様は仏教美術や中国骨董など幅広い品を扱っていらしたが、約30年前、関川さんがお店を継がれてからは、伊万里を中心に、日々の暮らしの中でも使うことの出来る陶磁器類を拝見することができる。

 

 

 

 

わたし自身、母が古いものを好きなこともあり、古い焼物を普段の生活の中で使って育ってきた。それは現在でも続いており、毎日の仕事の間の休息時間でも、染付皿におやつを乗せるだけで、ほんの15分ほどの時間がぐんと豊かなものになる。それだけにお店の中央に置かれた大小の皿を見ているだけで、「あ、この豆皿はお惣菜をちょいっと乗せるのに似合いそう」「この扇形の皿は、手皿として数枚揃えたいな」とついつい想像してしまう。

 

「ただわたしは粗忽者なので、どうしてもお皿を割ってしまわないか不安になるんですよね……」

と呟いたわたしに、関川さんは「いえいえ、案外丈夫なものですよ」とにっこりなさった。

 

「そもそも丈夫だからこそ、数百年の時を経て現代まで残っているんですから。よっぽど派手に落としてしまわない限り、平気です。というわけで、どんどん使ってください。あと、ぜひ手に取ってその重みや掌への馴染み方も確かめていただければ」

 

なるほど、それは仰る通り。確かに!と目から鱗が落ちた気分になった。

 

そう思って眺めてみれば、染付や白磁の皿たちはいずれも背伸びのないのびやかさで、この一枚がどれだけ生活に潤いを与えてくれるかと考えるのも楽しくなる。ただ一方で、あえて少し距離を置いて目をやると、それらの皿はもちろん、鑑賞用としても用い得る。長い歳月を経て伝えられた陶磁器ならではの風格をつくづくと味わうことが出来るのもまた、嬉しい限りだ。

 

たとえば元禄期の柿右衛門の小皿はひょろりひょろりとと伸びた草の蔓と、描き込まれた蝶たちの姿が愛らしい。鮮やかな色彩と胎の白の対比も、吸い込まれそうに美しい一枚だ。

 

 

色絵花蝶文小皿

 

 

また中央に花鳥を描いた色絵皿には、四方に愛らしいリスたちが色とりどりに描かれている。まるで彼らが今にもぐるぐると皿の周囲を走り出しそうで、これまたどれだけ眺めていても飽きが来ない。

 

 

 

色絵花鳥栗鼠文菱形皿

 

 

ちなみにわたしがつくづくとのぞき込んでしまったのは、鳳凰を描いた柿右衛門の皿。鳳凰と言えば絵画では桐の木に止まった姿を描かれることが多いが、ここでは皿の丸い形を活かし、二羽の鳳凰が互いに美しく長い尾をなびかせながらたわむれ合っている。深い藍色と地色の白が、彼らの飛ぶ高みを物語っているかのようで、小さなたった一枚の皿の中に果てのない空が閉じ込められている。

 

 

染付双鳳凰文中皿

 

 

「そうそう、蕎麦猪口も色々な種類がありますよ。澤田さんのお好みはどれでしょうか?」

 

そう促されて壁に向かい、ううむとうなってしまった。大きさも形も、もちろん紋様もさまざまな猪口たちは一つとして同じ顔をしておらず、あえてこれと絞り込むのが難しい。

 

「二つでもいいですか?」

 

もちろんです、と言っていただいてかろうじて選び出したのは、カタバミだろうか、ごく小さな葉を描いた染付の覗猪口と、波に千鳥文のぽってりと厚手の猪口。だが他の猪口も眺めているとそれぞれ素敵で、棚ごと丸々欲しいと仰った外国人観光客の思いも漠然と分かるような気がしてくる。

 

 

 

 

****** 続く ******

 

 

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『目の眼』電子増刊第1号

Information

店名

戀壺洞

TEL

075-525-2121

住所

〒605-0088 京都府京都市東山区大和大路東入西之町227

Auther

澤田瞳子

京都生まれ。2010年に古代日本、天平時代の動乱の若者群像を描いた『孤鷹の天』でデビュー。2016年の『若冲』では第9回親鸞賞受賞。2021年、『星落ちて、なお』で河鍋暁斎の娘暁翠の生涯を描き、第165回直木賞を受賞。最新刊は、備中松山藩(岡山県高梁市)を舞台にした初の幕末時代小説「孤城春たり」(徳間書店)。

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