世界の古いものを訪ねて#4 石に囲まれた風景と、人の暮らしに根ざした歴史をたどる RECOMMEND 風土の美と、都市の美。イングランドの石の街コッツウォルズとバースをめぐる、一泊二日のドライブ旅 パートナーとお休みが被ったので、一泊旅行を計画することに。ヨーロッパ各国へ安く簡単に出かけられるロンドンですが、意外と国内に目が向いていなかったことに気がつき、そして渡英前に取得した国際免許の存在も思い出したので、せっかくならと一泊二日のドライブ旅をしてみることに決めました。選んだのは、イングランド南西部。目的地は、蜂蜜色の石造りの村が点在するコッツウォルズ地方(The Cotswolds)と、古代から温泉地として栄えてきた古都バース(Bath)です。石に囲まれた風景と、人の暮らしに根ざした歴史をたどる、静かなドライブの旅の前編をお送りします。 レンタカーは、空港で借りるのがもっともお得です。私たちはオンラインで予約して、ヒースロー空港でレンタル。レンタカーショップではしばらく待ちましたが、私たちと同じようにこれから始まる旅に胸を高鳴らせる、他のお客さんとの会話が弾みます。初めてコッツウォルズに行くと伝えると、「ここに行くといいわよ」とマップを開いて教えてくれた親切なご婦人。彼女は毎年、誕生日前後の数週間をコッツウォルズで過ごすのだとか。また「コッツウォルズ初めてなんだって?」と会話を聞きつけたご夫妻も加わり、イングランド南西部の魅力を聞かせてくれます。お話しした人は皆ロンドンに住むイギリス人。コッツウォルズやバースはもちろん日本人にも人気の観光スポットですが、地元の人にも愛される場所なのだと実感しました。 車はというと、小さな赤いフィアットで行くつもりが電気自動車を予約していたようで、「コッツウォルズ方面に行くならpetrol carがいいんじゃない?」と、代わりの車を用意してもらうことに。出てきたのはBMWの3シリーズ。こじんまりした可愛い車でのドライブ旅、という夢は絶たれましたが、ちょっとリッチな気分で出発です。 ちなみに、ガソリンは“gas”だとばかり思っていましたが、イギリス英語では“petrol”といいます。ガソリン車は“petrol car”で、ガソリンスタンドは“petrol station”。ちょっと不思議な感じのする響き。スタッフの方の懸念通り、やはりコッツウォルズ方面には充電スポットが少なかったので、イギリスで遠くまでドライブ旅に出かける際はぜひ“petrol car”を選んでくださいね。 さて、ロンドンを白いBMWで優雅に出発し、およそ2時間。最初の目的地はコッツウォルズ地方です。ロンドンを離れコッツウォルズに近づくにつれ、まるで現代から遠ざかっていくかのように、古き良き素朴な風景へと車窓が移ろいます。石畳の細い道、野花の咲く庭先、小川のせせらぎ、そしてゆっくりと歩く牛や羊たち……このあたりは「イングランドで最も美しい田園地帯」と呼ばれるだけあって、なだらかな丘陵と、蜂蜜色の石で建てられた家々が織りなす風景が印象的でした。 ちなみに蜂蜜色の石とは「コッツウォルズ・ストーン」と呼ばれる石灰岩。土地の風景に、自然な温もりを添えています。 コッツウォルズの多くの村は、中世に羊毛産業で栄えた背景をもちます。たとえばストウ=オン=ザ=ウォルド(Stow-on-the-Wold)は、14世紀に市場町として栄え、今も中央広場にはその名残が残っていたり。私たちはストウ=オン=ザ=ウォルドのほか、川を渡る小さな橋が愛らしいバートン=オン=ザ=ウォーター(Bourton-on-the-Water)にも訪れましたが、いずれも観光地として賑わいつつも、ただ歩くだけで心がほどけていくような、やさしい時間が流れていました。 少し話が脱線しますが、大学でクラシックピアノを専攻していた私にとって忘れられないレパートリーの一つが、入試課題曲に選んだベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第15番〈田園〉です。派手なコントラストはないけれど、遠くから牧歌的フレーズが聞こえてくるような、のびやかな自然の空気を感じさせる曲。何も起こらないけれど確かに満たされているあの曲のように、心に大切に留めておきたい瞬間に出会えるのが、ここコッツウォルズの魅力だと感じます。 コッツウォルズの観光を終えて1時間ほど南下し、宿へ。この旅の宿に選んだのは、コッツウォルズとバースのちょうど中間地点にある「The Bowl Inn」。17世紀に建てられた石造りの建物は、外から見ると控えめながら、中に入るとほっとする温かみが感じられます。この辺りはもともと巡礼路沿いにあり、17世紀から宿屋として旅人を迎えてきたのだとか。 パブ併設というのもイギリスならではの嬉しいポイント。地元のエールを楽しみ、旅の余韻に浸りながら夜を迎えます。街灯の少ない静かな場所にあるので、少し離れた高台までのお散歩もちょっとした冒険。夕暮れの眺めは、ずっと昔、ここを訪れた旅人が見た景色とそう変わらないのかもしれません。 翌朝は、手作りのイングリッシュブレックファーストをいただいたあと、ふたたび車を走らせてバースの街へ。古代ローマ人によって温泉が発見され、18世紀には社交と癒しの街として発展したこの場所は、今も独特の気品を湛えています。 バースの街を一目見て、まず惹かれたのが、統一された美しい石造りの建物群。 現在のバースの街並みは、18世紀に建築家ジョン・ウッド父子によって設計されました。石材には、この地域で採れる明るい色合いの石灰岩「バース・ストーン」が統一して使われており、街全体がやわらかな金色に包まれているみたい。ジョージアン様式の整った建築が並び、道や建物にどこか幾何学的なリズムがあるのも印象的です。 同じく石造りの風景が広がるコッツウォルズとバースですが、実際に歩いてみると、その表情には大きな違いがあります。 たとえばコッツウォルズの村々は、中世の羊毛交易で栄えた名残を今にとどめており、自然の地形に沿うように家々が建てられています。どこか有機的で、人の暮らしと土地が自然に調和しているような風景。建物のごつごつとした肌感にも、素朴で人間味のある温かさを感じられます。 一方のバースは、18世紀の都市計画によって意図的に整えられた街。言うなれば、理想にもとづき人の手で整えられた、設計的な美しさです。無駄なく曲線を描く住宅街や、整然と配置された広場や建物からは、古いながらも洗練された雰囲気を感じました。 どちらも石の街ではありますが、コッツウォルズには「風土の美」、バースには「都市の美」が。同じくイングランド南西部に位置する有名な観光地ながら、まったく異なる魅力を持っている、ということを知ることができたのも、この旅の収穫です。当たり前のことですが、どの国にも、それぞれの地域で異なる文化と歴史があるのですよね。国の特徴を一括りで語ることなんてできないなと、改めて考えたりしたのでした。 今も温泉地として知られるバースには、古代ローマ時代の遺構が多く残されています。今回は街の空気を味わう散策を写真とともにご紹介しましたが、次回はこのバースの地下に眠る古代の湯「ローマン・バス」と、もうひとつ印象的だった石の遺構「ストーンヘンジ」を通じて、遠い昔に生きた人々の足跡を振り返りたいと思います。 Auther 山田ルーナ 在英ライター/フォトグラファー この著者による記事: なぜ世界はサムライを求め続けるのか?[ロンドン・大英博物館「Samurai」展] Armors & Swords | 武具・刀剣 ダブリンの世界一美しい図書館。がらんとした「ロング・ルーム」で考える人生の余白 History & Culture | 歴史・文化 ロンドンのクリスマスより。戦後から続く街で一番控えめなツリー History & Culture | 歴史・文化 私たちはなぜ古代エジプト美術に惹かれるのか。秘宝をめぐる。 History & Culture | 歴史・文化 ショパン国際ピアノコンクールを聴きにワルシャワへ History & Culture | 歴史・文化 2025秋のシャトゥ蚤の市。フランスの小さなカフェオレボウルと、見立ての旅。 Others | そのほか 縄文からつづく祈りを纏う。岡﨑龍之祐初のV&A展「JOMONJOMON」 People & Collections | 人・コレクション アラビア〈バレンシア〉の絵付けにみる、北欧デザインと生活。 Vassels | うつわ アンティークの街・ルイスで出会ったグラスと、生活の色気 Vassels | うつわ 二千年の湯けむりと、五千年の石の輪を旅して History & Culture | 歴史・文化 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第8号 春の骨董めぐり 日本橋・京橋・銀座 デジタル月額読み放題サービス 特集「春の骨董めぐり 日本橋・京橋・銀座」 今号では「春の骨董めぐり」と題し、日本橋・京橋・銀座エリアの骨董・古美術店や画廊を特集。江戸時代から400年以上日本の中心地として栄えるこの街には、現在もたくさんの老舗や大店が鎬を削っており、400軒以上の美術商が集まっています。そこで今回は4月下旬開催の「東京アートアンティーク」と連携し、ユニークな企画展を行う約30店を厳選して紹介しています。 桜舞う季節、街歩きとともに美しいものとの出会いをお楽しみください。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 イベント紹介|スキモノムスヒ 茶と酒と人と道具と 軽やかに結ぶ スキモノムスヒ Vassels | うつわ 骨董ことはじめ④ “白”を愛した唐という時代 History & Culture | 歴史・文化 展示会紹介|名古屋「豊臣ミュージアム」 豊臣兄弟! 大河ドラマ館を訪ねて、展示から見るドラマの裏側 History & Culture | 歴史・文化 連載|辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂KYOTO) 辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ「志野茶碗」(前編) Ceramics | やきもの 眼の革新 鈍翁、耳庵が愛した小田原の風 People & Collections | 人・コレクション 世界の古いものを訪ねて#13 青と白のアズレージョ。雨のポルトで、古いタイルの温度にふれて History & Culture | 歴史・文化 インタビュー|作家・澤田瞳子さん 不孤斎が生きた日本美術が変わる時代が面白い People & Collections | 人・コレクション 企画展紹介|銀座 蔦屋書店 日本刀・根付売場 春画と根付の世界をたのしむ Ornaments | 装飾・調度品 超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります Armors & Swords | 武具・刀剣 世界の古いものを訪ねて#8 2025秋のシャトゥ蚤の市。フランスの小さなカフェオレボウルと、見立ての旅。 Others | そのほか 世界の古いものを訪ねて#3 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 History & Culture | 歴史・文化 ビンスキを語る ビンスキは どこからきたのか 〜その美意識の起源を辿る History & Culture | 歴史・文化