骨董ことはじめ⑥

骨董ビギナー体験記|はじめて骨董のうつわを買う

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とある喫茶店でコーヒーを頼み、一緒にミルクをお願いすると、たっぷりのミルクが古伊万里のそばちょこに入って出てきました。やわらかな形、のびのびと描かれた草花がこちらの心をほっこりさせてくれます。その可愛いカップにこいまりやそめつけ、そばちょこという名前があることも初めて知り、ネットや本で調べるうちに実際に見てみたくなって、当てずっぽうで選んだ都内の古美術店へ行ってみました。

 

重いドアを開けると、骨董屋さんとして思い描いていたとおりの初老の男性が、小さな椅子に腰をかけていました。「こんにちは」と声をかけたものの、見定められているような視線にどぎまぎし、整然と並んだ古美術品のほうに目を移しました。が、何をどう見ていいのやら。静かに店をあとにしようかとも思いましたが、せっかく来たのだから、と自分に言い聞かせ、店主に「染付に興味を持ったのですが、知識もなくて」と話かけてみると、「まずはこういうのを見るだけでも勉強になるよ」と、入口近くに平積みにされていた古い『目の眼』を手渡してくださいました。手ぶらで帰るのも忍びないと思い、2003年8月号の特集「観て使う、古染付」を1冊購入したのが、苦々しい私の骨董品店デビューでした。

 

 

月刊『目の眼』2003年8月号

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あれから数年。窯のある土地を訪ねてはうつわを購入したり、少しずつ食器棚は充実してきましたが、古美術や骨董には手を出せず、Instagramや雑誌で眺めるばかり。そんな折、目の眼で「湯呑みがあればなんでも呑める」(2025年1月 電子増刊1号)と題した特集がありました。

 

『目の眼』電子増刊第1号 特集「湯呑があればなんでも呑める」

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湯呑みというと、つい寿司店で出されるお茶を飲むための筒状のものを思い浮かべてしまいますが、マグカップやカフェオレボウルも含めた色や形もさまざまな湯呑みを見ていたら、ついに心の針が向こう側に触れてしまいました。湯呑み、買ってみたい。

 

 

 

 

湯呑みなら、私のささやかな暮らしにも溶け込みつつ、日々をぽっと明るくしてくれる気がしたのです。幸運なことに、同じ号の古美術28の清水喜守さんによる連載「Z世代の骨董ビギナーズガイド」には、「ビギナーの方が初めての店に行ってみる」時の手順が記されていました。

 

  1. まず行く前に連絡をしてみましょう。
  2. ついでに自分はビギナーだと正直に言っちゃいましょう。
  3. 「毎日使う小皿みたいな物を探してます」というような感じで、なんとなくの意図を伝えましょう。

 

 

*古美術28店主 清水喜守さんの連載「Z世代の骨董ビギナーズガイド」は

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そして、「実は骨董屋も思っているんですよ。『言ってくれなきゃわかんない』」と結ばれていました。必要な知識や教養、ある程度の言葉を持っていなければ通れない関門があるような気がしていましたが、怖がりすぎず、今回の特集に登場した古美術店の中から、気になった湯呑みをたくさん紹介されていた店を訪ねてみることにしました。手順を守り、まずはInstagramでDMをしてみると、構えていたよりもカジュアルで、丁寧なお返事をいただき、無事にお店に伺う日取りが決まりました。

 

ちょうど同じ頃、かねてより気になっていた大江戸骨董市が開催されると知り、こちらにも行ってみることに。昼前には大混雑というブログ記事を見かけたので、9時には着くよう早めに家を出ましたが、有楽町駅から歩いていくと人だかりができていました。観光で来ているであろう外国人の方も多く、活気のある雰囲気です。大きめの花瓶かたっぷりとした湯呑みがあればと、ぼんやりと思いながら周りましたが、さほど下調べもしていなかったため、出店者がどんな方なのか、偽物をつかまされたりもするのか、疑心暗鬼になってきました。

 

 

大江戸骨董市の風景

 

 

いかにも骨董屋という風情のシニアの方が並べていた茶碗が美しく、断って触らせていただくと、「李朝の茶碗」とボソッとご説明をいただきました。ただ、裏を見てみると3万円ちょっと。ものの価値と値段が釣り合っているのか判断することができません。寒さにも負け、この日は手ぶらで退散することに。玉石混交なのかも分からぬ露天市は、初心者の私にはどうもハードルが高く感じました。

 

気を取り直してお約束の日、骨董市での経験をもとに5万円の現金を握りしめてお店へと向かいました。笑顔の柔らかな店主の方に案内されて中へ入ると、誌面で見かけた湯呑みのほか、飯茶碗やくらわんか皿、徳利や大皿も並んでいます。作法が分からずくるくると店内を見渡していると、「湯呑みをお探しなんですよね」と声をかけていただき、改めて「初心者ですが、湯呑みを1つ買ってみたいのです」と素直に伝えられたことで、少しずつ緊張感がほぐれていきました。気になった湯呑みを手に取ると、店主がそのやきものの歴史や見どころを説明してくださいました。ますます魅力的に見えてきます。休みの日にこの湯呑みでコーヒーでも飲みたいなと妄想しながら裏を見ると想定の半額以下! 骨董市で無茶をしなくてよかった。

 

 

『目の眼』電子増刊第1号 特集「湯呑があればなんでも呑める」より

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ずいぶんと長い時間をかけ、かたちや色の美しさ、持った感触が気に入ったものを、数ある中から3つに絞り込みました。ひとつは白いマットな肌質の花びらのような飲み口のもの。ひとつは太白手のそばちょこ。ひとつは初期伊万里のぽってりとした花唐草模様の湯呑。骨董品としての客観的な価値はまだまだ理解できていませんが、どれも相棒にしたいと直感的に思った可愛い子たち。

 

ただ、最後のひとつだけ、予算内ではあるものの、この子を買うなら他の全てを諦めないといけません。一人で葛藤していると、店主が「その古伊万里はたしかに名品ですが、最初から飛ばさずに、自分が良いと思ったものを少しずつ集めていくのも楽しいですよ」と声をかけてくださいました。おかげさまで虚勢を張ることもなく、湯呑み2つに加えて、まずひとつ持っておくと便利と教えていただいたくらわんか皿まで、心の赴くままに購入することができました。普段使いの食器も全て骨董のうつわにしたくなりました、と昂った気持ちをお伝えすると、「次は、飯茶碗を揃えるといいですよ」と具体的なご助言をいただき、ハッとしました。

 

骨董のうつわには、ひとの一生を遥かに超える長い歴史がある。うつわが生まれた当時の状況、前後の流れがあって、共に過ごしてきた人たちがいる。うつわの生きる長いときの中に自分もいさせてもらうのだ。わずか数十年の人生、出会った骨董品と向き合って、学びながら、暮らしを共にしていく仲間を、ひとつひとつ増やしていったら。焦らず、じっくりいきなよ。そう言っていただいたような気がしました。飯茶碗について学び始めたところですが、次の買い物が楽しみで仕方ありません。骨董品ビギナーの旅路は、まだまだ始まったばかりです。

 

 

執筆:稲村香菜

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