世界の古いものを訪ねて#8 2025秋のシャトゥ蚤の市。フランスの小さなカフェオレボウルと、見立ての旅。 RECOMMEND 秋のパリ、セーヌ川のほとり。「秋晴れ」という言葉にふさわしい気持ちのよい青空の下、三角のかたちをした真っ白なテントがずっと向こうまで並んでいます。 訪れたのは、年に二度だけ開かれる屋外のアンティークフェア「フォワール・ド・シャトゥ(Foire de Chatou)」。テントの光景もあいまって、まるでサーカスでも見に行くみたいに心弾ませながら、今回も素敵な出会いを迎えに行きました。 パリの蚤の市といえば北側の「クリニャンクール」が有名ですが、西側で開催される「フォワール・ド・シャトゥ」もまたファンの多いアンティークマーケットです。 春と秋のそれぞれ数日間だけ開かれるこのフェアは、中世に起源をもつ老舗アンティーク市として知られており、プロのディーラーのみが出展できる格式ある蚤の市でもあります。 パリ中心部からは、鉄道で1時間ほど。都会の喧騒から離れた広い土地で行われるフェアなので、電車を降りればもう小旅行気分。青い空も、遠くの緑も川のきらめきも、蚤の市へと向かう気持ちを高めてくれます。 入場料を支払って中に入ると、まずその規模感におどろきました。広い敷地に白いテントがずらっと並ぶ様子は、あまり他では見られないような光景。しかもすべてがアンティークショップではなく、飲食店も多く出店していたりと、広大な蚤の市を楽しみ尽くすための工夫も見られます。これは一日過ごせそう。 そしてそれは客のためだけではないようで、あたりを見渡すと、出店者たちもワイン片手に仲間と談笑しているのでした。屋外ということもあるのでしょう、とにかく開放的で明るい雰囲気です。 蚤の市にはこれまでも何度となく通ってきましたが、シャトゥはまた少し趣が違うみたい。「Bonjour!」と交わす声も、いつにない高揚感が滲みます。 広い会場の一番奥のお店で、少し渋めのムッシュと「Bonjour!」を交わした先で見つけたのが、この小さなうつわです。 赤と青のラインが引かれた、お猪口サイズのうつわ。やや入が見られるものの釉薬の艶もよく、経年変化でまだらな生成色となった表面が、古いものならではといった雰囲気。 まさかお猪口なわけはないけれど、だとしたらなんだろう。例の渋い店主に尋ねてみると、1900年代にフランスでつくられたドール用カフェオレボウルなのだと教えてもらいました。つまり、おままごと遊び用のおもちゃなのだそう。 そう思うと、改めてなんと可愛いのでしょう。人の手のひらに乗るほどのサイズ感だけれど、なるほど確かに、フランスのお人形にとってはちょうどカフェオレボウルの大きさ。日本には馴染みのない文化ですが、カフェオレボウルってフランスでは当たり前の日常なのですね。まだカフェオレボウルで飲み物を飲まないであろう子どもが、ドール遊びでこのうつわを使う場面を想像すると、つい笑顔になってしまいます。 これはやはりお猪口に見立てて、モダンな日本酒を注いで楽しみたい。そうして、あえて洋食なんかを合わせてみたい。モノの可愛さはもちろんですが、このお人形のカフェオレボウルについては使うシーンがクリアに想像できたことが購入の決め手となり、それは私にとってとても嬉しいお買い物体験となりました。 見立てって、古いものにまつわるとても良い文化だと感じます。それは、すでにあるものを他のものになぞらえることを指しますが、素敵な何かを「自分ごと」にするための工夫でもありますよね。場所も時代も飛び越えるロマン、その自由さこそが、日常を新たに彩ってくれると思うのです。 さて、財布の中を確認すると現金が足りず、いったんキャッシュをおろしに入口へと戻っていたところで、不意に見知った顔と出会いました。 なんと、目の眼でもお馴染み、岐阜の古物商「本田」の本田さんご夫妻です。おふたりは買い付けで、この蚤の市に連日いらしていたのだそう。私も、これまでにも何度かお店を訪れ、以前には取材させていただいたこともあるのですが、まさかパリ郊外の蚤の市、しかもこの広い会場で偶然お会いすることができるとは。 大興奮した私は、図々しくも、例のカフェオレボウルを見てもらうことに。すると本田さんは良い笑顔で「これ、僕も見ていたんですよ」とのこと。「このラインはちょっと珍しいですよね」と、うつわをぐるりと回して、魅力を共有してくださいます。 「良い買い物だと思います」と太鼓判を押していただいたことに、すっかり気をよくした私なのでした。快く付き合ってくださった優しいおふたりに、この場を借りてお礼申し上げます。 その後、本田さんとの会話を経て「ラインブーム」がやってきたのか、別のお店で細いブルーのラインが入った小皿も購入。こちらは、毎日身につけるアクセサリーの定位置にするつもり。 ただモノに惹かれて手に取ることも好きですが、カフェオレボウル同様、日常への落とし込み方が想像できるお買い物は、長く大切にできるような気がしています。 秋のパリで体験した、小さな見立ての旅。帰り道に見かけた、セーヌ川に反射する光は、今もまだ私の中できらめいています。 Information フォワール・ド・シャトゥ(シャトゥ蚤の市) / Foire de Chatou 会期 次回開催日程:2026年3月13日(金)〜3月22日(日)予定 会場 Ile des Impressionnistes, Pont de Chatou, 78400 Chatou, France URL https://www.foiredechatou.com/ Auther 山田ルーナ 在英ライター/フォトグラファー この著者による記事: 縄文からつづく祈りを纏う。岡﨑龍之祐初のV&A展「JOMONJOMON」 People & Collections | 人・コレクション アラビア〈バレンシア〉の絵付けにみる、北欧デザインと生活。 Vassels | うつわ アンティークの街・ルイスで出会ったグラスと、生活の色気 Vassels | うつわ 二千年の湯けむりと、五千年の石の輪を旅して History & Culture | 歴史・文化 石に囲まれた風景と、人の暮らしに根ざした歴史をたどる History & Culture | 歴史・文化 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 History & Culture | 歴史・文化 アルフィーズ・アンティーク・マーケット|イギリス・ロンドン Others | そのほか 名所絵を超えた“視点の芸術”が、いま問いかけるもの Calligraphy & Paintings | 書画 ジュドバル広場の蚤の市|ベルギー・ブリュッセル Others | そのほか ロンドン・大英博物館で初の広重展。代表作「東海道五十三次」など Calligraphy & Paintings | 書画 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第6号 残欠 仏教美術のたからもの デジタル月額読み放題サービス 今特集では仏教美術の残欠を特集。 残欠という言葉は、骨董好きの間ではよく聞く言葉ですが、一般的にはあまり使われないと思います。ですが、骨董古美術には完品ではないものが多々あります。また、仏教美術ではとくに残欠という言葉が使われるようです。 「味わい深い、美しさがあるからこそ、残欠でも好き」、「残欠だから好き」 残欠という響きは実にしっくりくる、残ったものの姿を想像させます。そこで今回は、残った部分、残欠から想像される仏教美術のたからものをご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 アンティーク&オールド グラスの愉しみ 肩肘張らず愉しめるオールド・バカラとラリック Vassels | うつわ 映画レビュー 配信開始|骨董界の夢とリアルを描いた 映画『餓鬼が笑う』 Others | そのほか 骨董ことはじめ⑧ 昭和100年のいまこそ! 大正〜昭和の工芸に注目 Others | そのほか 展覧会紹介|茨城県陶芸美術館 余技の美学〜近代数寄者の書と絵画 Calligraphy & Paintings | 書画 稀代の美術商 戸田鍾之助を偲ぶ People & Collections | 人・コレクション 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの 展覧会紹介|荏原 畠山美術館 畠山即翁×杉本博司 数寄者の美意識を体感する People & Collections | 人・コレクション 展覧会紹介|堺市博物館 仁徳天皇陵古墳のお膝元で、幻の副葬品が初公開中! Religious Arts | 宗教美術 展覧会レポート|大英博物館「広重展」 名所絵を超えた“視点の芸術”が、いま問いかけるもの 山田ルーナCalligraphy & Paintings | 書画 Book Review 会津に生きた陶芸家の作品世界 Others | そのほか 縄文アートプライベートコレクション いまに繋がる、縄文アートの美と技 Ceramics | やきもの 世界の古いものを訪ねて#4 石に囲まれた風景と、人の暮らしに根ざした歴史をたどる 山田ルーナHistory & Culture | 歴史・文化