展覧会紹介|V&A博物館

縄文からつづく祈りを纏う。岡﨑龍之祐初のV&A展「JOMONJOMON」

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Ryunosuke Okazaki – JOMONJOMON / ヴィクトリア&アルバート博物館 展示風景

 

 

ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)で、1995年生まれの若き日本人デザイナー岡﨑龍之祐の作品展が注目を集めている。展示タイトルは「JOMONJOMON」。岡﨑のヨーロッパデビューとなる本展に展示されているのは、文字通り、縄文土器の造形から着想を得た衣服群だ。

 

 

 

 

 

 

岡﨑の作品は単なるファッションの領域を超え、古代から現代へと連なる祈りのかたちを可視化する試みでもある。祈りという行為は国や時代を問わず誰の中にも存在するのだと、私たちは岡崎の作品を通じて知ることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

縄文土器と呪術的造形

 

縄文時代(約1万4000年前〜紀元前300年頃)の土器は、世界でも最古級の土製品として知られる。なかでも中期(紀元前3500〜2500年頃)に作られた「火焔型土器」は、炎が燃え立つような複雑な稜線が印象的だ。その造形は見る者の心を不思議と惹きつける。

 

本展の入り口に展示される壺もまた、その典型である。制作したのは当時の女性たちであったと考えられ、単なる実用品ではなく「祈り」を体現するものだった。つまりこの造形は、その制作工程も含め、儀礼的な意味を帯びているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

縄文土器の祈りの造形に強くインスピレーションを受ける岡﨑は、実はデザイン画を描かない。直接布と対話しながら、偶然の生成を受け入れつつ生命力を見出すように造形を導き出す彼の手つきは、縄文土器を作り出した呪術的な手の動きともリンクする。

 

岡﨑の作品を象徴する曲線もまた、祈りの造形と言えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

広島の記憶と平和の祈り

 

それでは岡﨑は、どのような祈りを制作に込めているのだろう。その答えのひとつは、彼の出身地に見出すことができる。

 

岡﨑を語るうえで欠かせないのは、出身地・広島だ。この地の、被爆地としての歴史、そして平和教育が生活に根付く環境は、彼の思想に深い影響を与えた。

 

初めて制作したドレスもまた、広島という地に宿る祈りをかたちにしたのだという。そのドレスの生地は、広島に世界中から届けられる折り鶴を材料としたもの。折り鶴を元とした再生紙を撚って糸とし、布として仕立てた。

 

世界中の「平和への祈り」を一着の衣服に託したこの経験は、後の制作にも大きな影響を与えているように思う。

 

たとえば展示されている《Life and Death》(2025)は、その祈りの感覚を現在へと継ぐ作品のひとつだ。赤と青の布が交錯するこのドレスは、生と死、再生の循環を静かに語りかける。そこに宿るのは、生命をめぐる深い祈り。明確な宗教的象徴を持たずとも、その普遍的な祈りは人類共通のものとして、観る者の共感を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

神道と自然観

 

広島を原点とする岡﨑の祈りは、やがて土地を離れ、より普遍的な自然のかたちへと広がっていく。

 

岡﨑の制作に通底するもうひとつの源泉は、神道の精神である。神道とは、自然の中に神を見いだし、人と自然の調和を重んじてきた日本古来の思想だ。

 

幼少期より広島の自然とともに育った岡﨑は、身近に厳島神社の存在を感じながら過ごした。植物や昆虫のシンメトリー、細胞分裂のリズムといった「生命の秩序」を直感的に捉える岡﨑の視線は、神道的な世界観に根ざしている。

 

 

 

 

 

いくつかの展示作品を例に挙げよう。

 

たとえば《Root》(2024)は、神は自然に宿るという日本古来の信仰を思わせる。目には見えぬ根が大地に広がるように、すべての命は互いに支え合いながら存在している。岡﨑はその不可視のつながりを、布と骨格素材の構造によって可視化した。

 

 

 

 

 

 

また《Flowers and Insects》(2024)では、花と虫の共生をとおして自然の循環を描く。展示作品の中でもとりわけ色彩豊かなこのドレスの中には、受粉という生命の営みを祝福するように「いのちの対話」が息づく。色と曲線が複雑にしかし軽やかに混ざり合う様子からは、自然の中の繊細な共生を見出すことができるだろう。

 

 

 

 

そして《Universe》(2024)は、その感覚が宇宙的な広がりをもって結実した作品である。縄文人が星や月の動きに祈りを重ねたように、岡﨑もまた、自身の手の動きを通じて自然と宇宙の呼吸を感じ取る。それは、はるか古代の祈りがいまもなお私たちの中に息づいていることの証でもあるのかもしれない。

 

 

 

 

地中、地上、そして天空。岡﨑の関心は、生命の根から宇宙の果てまで、あらゆる存在を貫く「生の秩序」にある。そこには、人と自然が共に循環の中に在るという、日本古来の世界観が脈打っている。

 

 

 

 

 

時を超えて生きつづける造形の力

 

岡﨑龍之祐の作品は、縄文土器の「祈りの造形」を起点にしながら、自然・宇宙・生死といった普遍的なテーマを衣服というかたちに結晶させている。

 

そうした制作の歩みのひとつの到達点として、この春、岡﨑が手がけたのが《Sakura》(2025)だ。本作は新たにV&Aの永久収蔵品となり、彼の創作を象徴する作品として位置づけられている。

 

 

 

 

 

 

春の訪れとともに咲き、瞬く間に散る桜の姿は、命の循環と無常の美を映し出す。古来、桜には神が宿ると信じられ、人々はその短い花の命に再生への祈りを託してきた。岡﨑はその精神を一着の衣に凝縮し、花びらのごとく儚くも力強い造形で現代に甦らせたのだ。

 

 

 

 

 

 

V&Aの「JOMONJOMON」展は、縄文から現代へ、そして広島から世界へと、祈りをつなぐ試みだ。古くからの精神を新たに纏うことで、岡﨑の作品は、時を超えて生きつづける造形の力を現代に証明する。

 

 

 

 

縄文時代の土器が今なお人々を魅了するように、岡﨑の作品もまた、これから世界中の人々を惹きつけるだろう。

 

その日も、世界各国の来訪者が、ドレスの前でしばらく足を止めていた。言葉を介さずとも、祈りという共通言語が人々の心をそっと結んでいく。その時それらの作品は、ファッションという枠を超え、もはやひとつの芸術であった。

 

 

 

 

 

Auther

山田ルーナ

在英ライター/フォトグラファー

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