連載|辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂KYOTO) 辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ「志野茶碗」(前編) RECOMMEND 大徳寺真珠庵の茶室「庭玉軒」にて山田宗正御住職直々にお茶を振る舞っていただいた。 *この連載記事は、『目の眼』電子増刊3号に掲載されています。 陶芸家の辻村史朗さんと、京都でギャラリーを営む永松仁美さんが、古陶の茶碗について、作り手の視点から独自の見どころ勘どころを紐解いていく「茶碗談義」。今回2人が訪れたのは、京の名刹・大徳寺真珠庵。辻村さんとは長年親交がある山田宗正御住職の特別のはからいで茶室「庭玉軒」にて取材をさせていただきました。 日本人の心に映える志野の「白」 掛 け 物 は 大 徳 寺 の 管 長 を 務 め た 中 村 祖 順 老 師 の 手 に よ る 一行書「随處作主」 永松 このたびは真珠庵さまのご厚意で、普段 は非公開の茶室「庭玉軒」に入れていただいた上に御住職直々にお茶まで振る舞ってくださり誠にありがとうございます。 山田 茶室に「茶室開き」があるように、今日ご持参いただいた辻村さんの新作茶碗の使い初めができてええ機会になりましたな。 永松 真珠庵は一休禅師ゆかりの寺院として深 い歴史をお持ちですが、お茶室も由緒あるもの でしょうか。 山田 真珠庵は一休和尚が亡くなられた 10 年後 の延徳3年(1491)に建てられたと伝えら れます。この茶室がいつ建てられたのかははっ きりとしませんが、江戸初期の武家茶人・金森 宗和公好みの茶室と伝えられ重要文化財に指 定されています。二畳台目の小さな茶室ですが、 独自の工夫があちこちに施されています。今日 は雪が降りそうな曇り空ですが、日が差すと色 紙窓や風炉先窓が虹色に輝くんですよ。 辻村 ほんま格別に寒い日ですけど、こうして 一服点てていただくと釜や茶碗からもうもうと 湯気がたって、ご馳走ですわ。 山田 小間というのは冬を味わうための茶室だ なと常々思っていましたが、志野茶碗も冬の茶碗だな、とあらためて感じました。 山田宗正御住職 永松 暗い茶室の中でもふわっと白く浮かび上 がって、柔らかで存在感がありますね。 辻村 他の茶碗と違って大きくて釉薬が分厚く 掛かってますけど焼き上がると軽くできるん です。これは原土となる「もぐさ土」のおかげ。 井戸や備前は他の土でも代用できるけど志野茶 碗だけはもぐさ土やないとあかん。 山田 美濃でしか採れないんですか。 辻村 探せば他にもあるかもしれないけど誰も これで茶碗を焼こうとはしなかった。ボソボソ しててものすごく挽きにくいんですよ。高台を削るときも木のヘラでないと。鉄ヘラだと周り の土までめくれて上手く成型できないんです。 永松 ふだんあまり土にこだわらない先生でも そうなんですね。 高台部分 辻村 だからもぐさ土の原土は大量に確保して ます。ただ釉薬がそろそろ枯渇しそうで困ってます。 永松 たいへんじゃないですか! 辻村 いや、掘れば原料はあるんやけど、釉薬 を作ってるところがもう売らんと言ってきて。 実は志野の釉薬はたくさんの種類が出てるんや けど、何十年もいろいろ試して「これしかない」 と行き着いたものなんです。 山田 辻村さんの志野に欠かせない釉薬なんで すね。 辻村 ええ、上手く説明できないですけど、焼き上がってきたときに理想の「白」を感じるん です。たとえば馬って200種類ほどいて、顔 も一頭一頭違うんですよ。ウチは牧場やったらわかるんですけど、興味ない人にとっては馬 の顔なんて見分けつかないでしょ。それと同様 で、志野茶碗を見る人は「白い茶碗」をイメー ジするけど、その白は、ぜんぶ違います。志野専用の釉薬として売られているものでも違うし、 たとえ同じメーカー、品番の釉薬でも酸化や還 元とか焼き方、温度によっても1度単位で変わ ってくるから私は一つ一つ何十年も試して、よ うやく納得いく白に辿り着いたんです。 永松 途方もない労力ですね。 辻村 気に食わんかったら2度焼も3度焼もし たよ。 永松 え? 志野茶碗って2度焼しても大丈夫 なんですか? 辻村 ええよ、もちろん温度とか時間とか、ガスを入れるタイミングや割合までぜんぶ微調整します。私はここまでやりましたけど、他の陶工で2度焼するヤツはおらんやろうね(笑) 山田 そこまで突き詰めたところで、大元の釉 薬が使えなくなったら困りますわな。 辻村 でも最初に志野を作った陶工もおんなじ ような試行錯誤をやってたはずや、それも穴窯で。だから本歌の志野茶碗は色味が全部違ってる。そのなかで最適解を探したんやろうね。 永松 昔は穴窯でそれをやってたんですね。 辻村 私も志野を焼くんならホンマは穴窯がええと思う。荒川豊蔵さんも志野古窯を発見して、 そこから 30 年くらいかけて 60 過ぎてから再現に 成功しました。私はその穴窯の焼成方法を電気 窯で再現して焼いてるわけです。 永松 めちゃくちゃ難しいんじゃないですか。 辻村 焼く温度、時間、酸化炎と還元炎のバラ ンス、ガスの入れ方、火を止めるタイミング ……やってくうちに自分でもようわからんくな るくらい微妙な加減を電気窯のなかに作り出す。 そうやって出来たのがいまの理想の色なんや。 永松 先生の志野は、少し明るめの白ですよね。 辻村 古陶の志野は千差万別やけど、骨董好きな人は透明感があって艶のある志野を選びます ね。現代陶では砂糖菓子のようにぶわっと厚く釉薬をかけたのが流行ってますが私はあんまり好きじゃないな。薄めのほうが好み。長石をすり潰すのも労力がかかるし。 永松 先生は常々「古陶の再現をめざしてるわけじゃない」と仰られていますが、井戸と同じように、目標地点というか理想のイメージにちかい古志野はあるんですか。 辻村 志野で言うたら「卯花墻(うのはながき)」やね。あれは 見た目ほどは大きくないんですよ(口径 11 ・ 8cm、高9 .5 cm)。 長石釉と鉄絵の発 色もいいし堂々として存在感がある。茶碗は不思議やね。 なんでこんな掌サイズのものに惹かれるんやろね。昔からいろんな人が、ああでもないこうで もない言うて追いかけるのか。だから飽きずに作り続けられるんでしょうね。 (後編につづく) ※『目の眼』電子増刊4号に掲載 志野茶碗〈後編〉にて、より具体的な志野の工夫のお話をうかがいます。 井戸茶碗〈前編〉は、こちらから 井戸茶碗〈後編〉は、こちらから *連載「辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ」は、『目の眼』デジタル読み放題サービス 電子増刊号に掲載しています ▷ 詳しくはこちら RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第3号(2025.4月) 「美の仕事」総集編美しき古きものを訪ねて デジタル月額読み放題サービス 雑誌『目の眼』のリレー連載「美の仕事」総集編と題して、歴代執筆陣の紹介と名作選をまとめた1冊です。今号限定の特別編として、池坊専宗さんによる「美の仕事」をあらたに書き下ろしていただきました。 試し読み 雑誌/書籍を購入する 読み放題始める 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 展覧会情報|東京国立博物館 東京国立博物館 特別展「はにわ展」|50年ぶりの大規模展覧会 Ceramics | やきもの 名碗を創造した茶人たち Vassels | うつわ 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの アンティーク&オールド グラスの愉しみ 肩肘張らず愉しめるオールド・バカラとラリック Vassels | うつわ 縄文アートプライベートコレクション いまに繋がる、縄文アートの美と技 Ceramics | やきもの 書の宝庫 日本 人の心を映す日本の書 Calligraphy & Paintings | 書画 トピックス|刀剣文化の応援はじまる 「刀剣乱舞」の生みの親 ニトロプラスが刀剣文化の調査・研究に助成 Armors & Swords | 武具・刀剣 Book Review 会津に生きた陶芸家の作品世界 Others | そのほか 骨董ことはじめ⑥ 骨董ビギナー体験記|はじめて骨董のうつわを買う Others | そのほか 小さな煎茶会であそぶ 自分で愉しむために茶を淹れる 佃梓央前﨑信也History & Culture | 歴史・文化 東京アート アンティーク レポート #4 街がアート一色に|美術店めぐりで東京の街を楽しもう Others | そのほか 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの