世界の古いものを訪ねて#7

アラビア〈バレンシア〉の絵付けにみる、北欧デザインと生活。

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フィンランドはヘルシンキ。飛行機を降りてまず感じたのは、空気がつめたく気持ちの良いことでした。ロンドンもすでに秋本番ですが、ここはもう少し季節の先をいっているみたい。初めての北欧、胸の奥でわくわくと熱を帯びた気持ちを、ひとつ深呼吸して落ち着けながら、バスとトラムを乗り継いで市内へと向かいます。

 

 

 

 

 

フィンランドといえば、マリメッコ(Marimekko)やイッタラ(Iittala)、そしてアラビア(ARABIA)でしょうか。どれも日本人に馴染みのあるブランドであり、あこがれの北欧デザインの定番ですが、フィンランド国内では国民的ブランドとして広く親しまれています。

街を歩けば必ずマリメッコのトートを提げる地元の人とすれ違い、レストランに入ればイッタラのグラスがテーブルに置かれ、その天井を見上げればアアルトデザインの照明が灯されている。日常の風景の中に、自然と「フィンランドデザイン」が息づいているのです。観光客にとっては新鮮で、どこを切り取ってもお洒落に感じますが、きっと地元の人々にとっては当たり前の光景なのでしょう。

 

 

 

 

さて、そんな数ある「フィンランドデザイン」の中で今回旅のメインとしたのが、アラビアです。

現在イッタラの傘下として知られるアラビアですが、もともとはヘルシンキ郊外のアラビア地区に創業した陶器工場。その歩みを辿るべく、かつての工場跡地にあるアラビア・ミュージアムを訪れました。

 

 

 

 

 

 

 

1873年に創業したアラビア。初期は実用本位の食器を大量生産する工場でしたが、20世紀半ばからは一転、デザインを前面に押し出すようになります。カイ・フランクやウラ・プロコペといった才能あるデザイナーが数々の名作を生み出し、アラビアはフィンランドの暮らしの象徴ともいえるブランドへと成長していきました。

 

 

 

 

 

アラビア・ミュージアムでは、時代ごとの器がずらりと並びます。どの器にも「生活に寄り添うデザイン」の哲学が貫かれていて、棚に整然と並んだ皿やカップの背後に、何世代ものフィンランド人の食卓が思い浮かぶよう。

 

 

 

 

 

ミュージアムを歩いていて特に心に残ったのは、職人の手が描いた筆跡です。たとえば展示されていた写真には、1970年代に制作された《Tea for Two》シリーズのカップに絵付けを施す女性の姿がありました。大量生産の工場であってもアラビアは、「手描き」という要素を決して捨てなかったのです。

 

 

 

 

 

 

そんな「手描き」の魅力にさらに触れるべく足を伸ばしたのが、ヘルシンキ中心部に位置する「Retronomi Oy(レトロノミ)」。気さくで可愛いらしいおばあさんが営むそのお店には、アラビアやイッタラのアンティークがぎっしりと並んでいます。

 

 

Retronomi Oy

 

Retronomi Oy

 

 

Retronomi Oy

 

 

Retronomi Oy

 

 

吸い寄せられるように手に取ったのは、ウラ・プロコペがデザインした〈Valencia〉シリーズの平皿。ついさっきミュージアムの展示で見かけた、あのお皿です。

 

 

 

 

 

1960年代に登場したこの深い藍色の器は、職人の手で一枚ごとに模様が描かれ、濃淡のにじみや筆跡までもが個性となっています。製造が中止される2002年までおよそ40年にわたり愛されつづけた名品です。

見惚れていると、店主のおばあさんが「そのお皿いいでしょう」と、にっこり話しかけてくれました。「〈Valencia〉は2002年まで作られていたけれど、釉薬がたっぷりと使われていたのは70年代頃まで。タッチに勢いがあって素敵なのよ」。

 

 

 

 

 

80年代以降は手描きといえど均一化が進み、模様が整ってきたのだとか。釉薬も必要以上に使わなくなり、量産らしさが感じられる仕上がりになったのだそうです。

 

 

 

 

 

それに比べて当時の〈Valencia〉は良い意味で荒々しく、自由で大胆。絵付けにも個性があり、美しい溜まりや滲みなど、たっぷりとした筆致を楽しむことができます。

 

 

 

 

 

たっぷりとした筆致、という繋がりからでしょうか。私は〈Valencia〉の平皿を手に、なぜだか「馬の目皿」を思い出していました。

 

江戸時代中期から後期に盛んに焼かれた馬の目皿は、鉄釉で大きな円文を勢いよく描いた庶民の日常食器。ざっくりとした刷毛の動きが生む偶然の濃淡やかすれが、そのまま器の表情となっています。馬の目皿を所有している骨董好きは多いと思いますが、私もまた、気に入って愛用している一人です。

 

〈Valencia〉が発表されたのは1960年。馬の目皿と比べるとずいぶん新しくはありますが、実はちょうど、日本で民藝の価値が再発見されていた時代と重なります。遠く離れた土地で、数百年の時を隔てながらも、暮らしの器において「人の手の跡」を大切にする姿勢は同じ。大量生産の只中にありながら、あえて手描きの力強さを残した〈Valencia〉に、私は馬の目皿と通じる精神を感じたのでした。

 

 

 

 

 

一枚、気に入った筆致のものを選び、お店を後にします。その足でヘルシンキ老舗のカフェに向かい、名物のシナモンロールをテイクアウト。〈Valencia〉を購入してすぐ、私にはどうしてもやりたいことができたのです。

 

 

 

 

ところで、今回の滞在では、少し変わった宿を選びました。「Töölö Towers(テーロタワーズ)」。1950年代に建てられた二棟の高層ビルで、もともとはヘルシンキの病院職員のための住居として使われていた建物だそうです。2010年代に改装され、今はアパートメントホテルとして旅人を受け入れています。

建物には至るところに当時の雰囲気を感じさせるディテールが。大きなチェーンホテルのような華やかさはありませんが、そのぶん、住まうように滞在できるのが魅力です。

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻った私は、買ったばかりの〈Valencia〉の平皿を机に置き、そしてそこに、これまた買ったばかりのシナモンロールをのせてみました。

 

 

 

 

 

深い瑠璃色の手描き模様と、シナモンロールのあたたかな色合い。窓の外にはひんやりとしたヘルシンキの空気が広がり、室内には鮮やかなほのかな甘い香りが漂う。それらの対比が、フィンランドの暮らしの本質を教えてくれるようでした。

 

 

 

 

 

〈Valencia〉はスペインの都市名で、地中海沿岸の都市に漂う陽光や豊かな花のイメージに由来すると言われています。フィンランドの人々は食卓にその花を並べることで、鮮やかな景色を自分たちの生活に取り入れていたのでしょう。シナモンロール越しに瑠璃色の花を眺めながら、この国の人々がどれほど器を大切にし、日常の中にデザインを根づかせてきたのかを、私はしみじみと思いました。

 

 

 

 

 

 

北欧は寒いからこそ、家の中で過ごす時間がとても大切にされているのではないでしょうか。器やテキスタイル、家具といった身近なものを心を込めて選ぶことで、長い冬、外に出られない時間にも、暮らしを楽しもうとする。そうした背景が「フィンランドデザイン」を生んだのだと気づいたとき、私にとっての北欧デザインのイメージは、より身近で、生活感のあるものへと変化しました。

 

 

 

 

シナモンロールを頬張りながら、器を愛でる時間の贅沢なこと。思わずにっこりしてしまうのは、本場のシナモンロールのおいしさからか、それとも〈Valencia〉の筆致の気持ちの良いほどの自由さからか。いや、きっと両方、というか、その相乗効果なのですよね。そしてそれこそが器のもつ力であり、面白さだと、私は〈Valencia〉に、いや、この絵付けを施した遠い時代の職人さんに、改めて気づかせてもらいました。

 

Auther

山田ルーナ

在英ライター/フォトグラファー

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