展覧会情報|京都国立博物館 京都国立博物館「縁を結ぶかたな」―刀剣鑑賞の視点― 藤原一葉 刀は作られてから数100年を経て、多くの人の手に渡りながらもその姿を変えることなく、伝えられてきました。しかし展示室で向き合うたび、受ける印象はわずかに異なります。光の当たり方や、立つ位置、そして見る側の歩んできた時間が、刀身の見え方を変えていきます。京都国立博物館で開催の特集展示「縁を結ぶかたな」は、国宝・重要文化財を通して、日本刀の見どころを「形」・「銘」・「刃文」・「刀身彫刻」の4つのテーマから示します。 4つの視点で見る刀剣鑑賞 名品を通して「どこを見るのか」を具体的に示す構成は、刀剣に親しみのある人にも、これから関心を深めていく人にも印象に残ると思わせるテーマでした。 ・形 日本刀は、片刃の湾刀という基本構造をもち、使う目的・文化的背景・戦闘環境・所有者の変化によって形を変えてきました。形は鑑賞する際、「姿」と呼ばれ日本刀の美しさを語る上で重要視されるポイントになります。 ・銘 日本刀は刀身の形によって、太刀・剣・刀・薙刀など呼び方が異なりますが、これでは一振ずつの識別が難しくなります。そこで茎に刻まれた文字情報(銘)である刀工の名前や、刀工の居住地、作られた年月日などで刀身を区別します。 ・刃文 刃文は、刀身を強く丈夫にするため行われる熱硬化処理「焼入れ」によって刃先に生まれる模様です。刃文には様々な形があり、作者の流派を判断するもので、刀剣鑑賞を行う上での見どころのひとつとなっています。 ・刀身彫刻 刀身彫刻の起源は古く、日本には古墳時代から作例が残ります。それは文字情報や、軽量化を目的としたもの、作者の信仰心を表すモチーフなどが込められました。 目次 記憶を重ねて観る4振坂本龍馬の刀 吉行桑名江 秋田藤四郎埋忠明寿の刀記憶を重ねて観る4振 同展にて展示された刀剣のなかで、特に印象に残った4振を紹介します。いずれも私が刀剣を学び始めた頃の記憶や、これまでの刀剣展覧会で出会った思い出深い作品となっています。 ※刀剣の名称は、特集展示「縁を結ぶかたな」の展示作品リストに合わせています。 坂本龍馬の刀 吉行 刀 銘 吉行(坂本龍馬所用) 坂本龍馬が最期まで佩用した刀として知られるのが、江戸時代に京都で活動した刀工 吉行の鍛えた刀です。このように誰もが知る偉人の刀であるにもかかわらず、実は国宝や重要文化財の指定は受けていません。理由は大きく2つあります。まずは、坂本家が北海道へ移住後した大正2年の釧路大火で罹災し、刀身が伸び、焼鈍しで刃文を失ったこと。これにより反りはほぼなくなり、まるで棒のような姿となってしまいました。次に坂本龍馬佩刀への疑問が呈された時期があったことなどが、指定を受けていない理由とされます。 本来の刃文も、吉行が得意とした「拳形丁子」なのですが、展示室で観た限り直刃にしか見えません。というのも焼身後、札幌の研師・富田秋霜氏が直刃調の刃取りを施したためです。キャプションには、「研磨から約100年を経た現在、横手下から物打ちにかけて暗帯状の影が浮かぶ」と記されていました。 横手下から物打ち(刀 銘 吉行(坂本龍馬所用)) 実際に光の角度を変え、やや後方から屈んで観察すると、刃縁内側の地鉄に黒味を帯びた乱れ刃を確認できます。はっきりとではありませんが、わずかに波打つその影は、吉行による拳形丁子の痕跡を想起させました。 実際の拳形丁子(脇指 銘 河内守国助) [出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) ] 坂本龍馬所用として広く知られる本刀ですが、今回、私の意識は失われた刃文の痕跡へと向いていました。焼身という来歴も含め、そのすべてがこの刀の歴史。かつては坂本龍馬の物語に心惹かれましたが、今は変化した刃文を追おうとするなど、自分自身の鑑賞の変化に気付かされる一振となりました。 桑名江 刀 金象嵌銘本多美濃守所持/義弘本阿(花押)(名物桑名江) 本刀は 名物銘の「桑名江」として広く知られる一振です。もとは太刀だったのですが、短く切り詰められ大磨り上げ無銘となりました。茎に切られた金象嵌は、刀剣鑑定家 本阿弥家により刀工 義弘作と極められた(鑑定のこと)作品になります。義弘の刀剣は現存する作例が少なく、全てが無銘の極めであったため、その希少さと実在への疑問視から「江とおばけは見たことがない」と言われていました。 金象嵌銘「本多美濃守所持」 そうした不確かさを抱えながらも、刀身は非常に興味深い。焼きのたっぷりとした刃中は、様々な刃取りがなされており、これが様々な刃文を見せてくれます。私はこれまで刀剣の展示会で幾度となくこの刀を見てきましたが、そのたびに刃文の印象が違って見えました。展示ケースの位置、光の角度、立つ場所など、わずかな条件の違いが、まるで蜃気楼のように刃文の像を揺らします。 極めの金象嵌で確かなはずの銘と、条件によって印象を変える刃文。相反する要素をあわせ持つところに、本刀の魅力があるのではないでしょうか。見るたびに表情を変えるその移ろいこそが、本刀に何度でも向き合いたくなる理由なのかもしれません。 秋田藤四郎 短刀 銘 吉光(名物 秋田藤四郎) 本短刀は鎌倉時代に京都で活動し、短刀作りの名手とされた吉光による一振です。通称、藤四郎とも呼ばれたことから、この名を冠する号(刀に付けられる愛称)がほとんど。差表にはカーンの梵字と利剣、差裏には二筋樋の彫刻を施し、これらは不動明王を象徴する意匠とされます。「秋田」はかつて秋田城介が所持したことに由来します。 刀身彫刻 カーンの梵字・利剣 カーン(梵字) 吉光は、これまで幾振か作品を見てきたことがありますが、とりわけ心に残っている刀工のひとりです。そのなかでも本短刀は全長32.3cmとひときわ小さなサイズ。掌にすっぽり収まりそうな茎、細く研ぎ減りのある切先は思わず「かわいい」と感じてしまうほど。 しかし吉光の真骨頂は地鉄にあります。吉光の作品は、どれも精緻につんだ地鉄が見事で、ため息がもれそうなほど綺麗なのです。本短刀も地鉄のきらめきは驚くほど繊細。光を受けるたび、やわらかな地沸が浮かび上がり、他の吉光と比べてもいっそう澄んだ輝きを湛えているように見えました。愛らしさと気高さが同居する、忘れがたい一振となりました。 埋忠明寿の刀 刀 銘 山城国西陣住人埋忠明寿(花押)/慶長三年八月日他江不可渡之 慶長3年の安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて、現在の京都で活動した刀工 埋忠明寿によって鍛えられたのが本刀です。刀でありながら太刀銘を切り、身幅広く豪壮な姿は、南北朝時代の大太刀を大磨上げしたかのような体配を意識しています。古作への憧憬をまといながら、まさに新しい時代の感覚で生み出された刀と言えるでしょう。 私にとって埋忠明寿は、思い出深い刀工のひとり。刀剣を学び始めて半年ほどのころ、初めて足を運んだ刀剣展覧会で出会ったのが、埋忠明寿の作品でした。学んだ本のとおりに姿を見て、地鉄を見て、刃文を追おうと必死になり、正直なところ、ほとんど何もわかりませんでした。ただ作品数に圧倒され、良い刀とはなんなのか、歯がゆさだけが残ったように思います。 改めて本刀を前にした当日は、そのころ見えていなかったものが、少しだけ輪郭を帯びてきたような気がします。腰元の櫃内に刻まれた不動明王と珠追龍の浮彫。雄々しい龍の表情、どこか親しみを感じさせる明王の面差し。その対比の妙も、ようやく味わえるようになってきました。この一振は、刀そのものの魅力と同時に、自分の歩みを映し出してくれる存在でもあります。 *太刀銘:刃を下向きにした際、外側の茎から銘を切ること ================ 《参考文献》 ・特別展「京のかたな 匠のわざと雅のこころ」図録(京都国立博物館、2018) ・特別展「埋忠〈UMETADA〉桃山刀剣界の雄」図録(大阪歴史博物館、2020) 《参考サイト》 ・特集展示 縁を結ぶかたな—国宝・重要文化財で学ぶ刀剣鑑賞— https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/feature/b/2026_sword/ ・TORARIN OFFICIAL SITE 特集展示「新時代の山城鍛冶―三品派と堀川派―」を見に行くリン♪ https://www.kyohaku.go.jp/jp/torarin/blog/2025/02/250205.html ・ニコニコ動画 ニコニコ美術館「縁(えにし)を結ぶかたな─国宝・重要文化財で学ぶ刀剣鑑賞─」展 京都国立博物館(アーカイブ2026.3.22まで) https://live.nicovideo.jp/watch/lv349586818 Information 縁を結ぶかたな—国宝・重要文化財で学ぶ刀剣鑑賞— 開催中 ~ 2026年03月22日 会場 京都国立博物館 住所 京都市東山区茶屋町527 URL http://www.kyohaku.go.jp/jp/ TEL 075-525-2473(テレホンサービス) Auther 藤原一葉 歴史・美術ライター この著者による記事: 豊臣兄弟! 大河ドラマ館を訪ねて、展示から見るドラマの裏側 History & Culture | 歴史・文化 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第8号 春の骨董めぐり 日本橋・京橋・銀座 デジタル月額読み放題サービス 特集「春の骨董めぐり 日本橋・京橋・銀座」 今号では「春の骨董めぐり」と題し、日本橋・京橋・銀座エリアの骨董・古美術店や画廊を特集。江戸時代から400年以上日本の中心地として栄えるこの街には、現在もたくさんの老舗や大店が鎬を削っており、400軒以上の美術商が集まっています。そこで今回は4月下旬開催の「東京アートアンティーク」と連携し、ユニークな企画展を行う約30店を厳選して紹介しています。 桜舞う季節、街歩きとともに美しいものとの出会いをお楽しみください。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 台北 古美術探訪|国立歴史博物館 歴史と古美術を満喫、台北「国立歴史博物館&植物園」を探訪 History & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ④ “白”を愛した唐という時代 History & Culture | 歴史・文化 世界の古いものを訪ねて#9 ショパン国際ピアノコンクールを聴きにワルシャワへ History & Culture | 歴史・文化 小さな壺を慈しむ 圡楽窯・福森雅武小壺であそぶ Ceramics | やきもの 企画展|久米島紬展(東京日本橋) 天然の素材と伝統、職人の技がつまった「久米島紬」が一挙に展示 History & Culture | 歴史・文化 展覧会紹介|根津美術館 焼き締め陶の魅力を一堂に Ceramics | やきもの 企画展紹介|銀座 蔦屋書店 日本刀・根付売場 春画と根付の世界をたのしむ Ornaments | 装飾・調度品 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」 東京国立博物館に蔦重の時代を観に行こう Calligraphy & Paintings | 書画 東洋美術コレクター 伊勢彦信氏 名品はいつも、 軽やかで新しい People & Collections | 人・コレクション TOKYO ANTIQUE FAIR 夏の定番、古美術フェア|東京アンティークフェア Others | そのほか 展示会紹介|名古屋「豊臣ミュージアム」 豊臣兄弟! 大河ドラマ館を訪ねて、展示から見るドラマの裏側 History & Culture | 歴史・文化 Book Review 会津に生きた陶芸家の作品世界 Others | そのほか