展示会紹介|名古屋「豊臣ミュージアム」

豊臣兄弟! 大河ドラマ館を訪ねて、展示から見るドラマの裏側

RECOMMEND

 

 

2026年1月24日(土)、名古屋市中村区にNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の大河ドラマ館「豊臣ミュージアム」が期間限定でオープンしました。豊臣兄弟! を紹介する同館では、登場人物の相関図をはじめ、ドラマで使用された衣装や小道具、ここでしか見ることのできないパネル展示を通して、物語の世界を体感することができます。オープン初日の空気とともに、展示内容から見えてくる大河ドラマ 豊臣兄弟! の世界観をお伝えします。

 

 

 

 

ついに大河ドラマ館「豊臣ミュージアム」が始動

 

オープン当日は、鼻の奥がツンとする、よく冷えた日でした。たくさんの人が列をなして並び、オープンするのを今か今かと待つなかに私もいました。私の前には数百人、後ろにもまだまだ並んでいる状況で、きっと待ち時間が長いだろうといつもよりも厚手の服を着込んで参戦。 

 

周囲の人たちも口々に「こんなに並ぶなんて豊臣兄弟は人気だね」、「いつ頃、入れるかな」などと口にしていました。確かにこんなにも並んでいたらオープン時刻を過ぎても早く入れるとは限りません。私と他のお客さんの予想通り、入れたのはそこから約1時間後。入館すると、作品タイトルを大きく掲げたタイトルウォールと、豊臣秀長役の仲野太賀さん、豊臣秀吉役の池松壮亮さんが映る写真パネルがお出迎え。

 

 

 

大河ドラマ館「豊臣ミュージアム」の入口

 

 

 

さらに奥に入ると、一気に世界がかわります。撮影セットの再現や、登場人物ののぼり、撮影小道具などが展示されている様子が目に飛び込んできます。

 

 

・はじまりの地 中村

「小一郎の家」と題して、まるでドラマのなかに入り込んだかのようなリアルなセットの再現。実際に入って写真撮影が可能です。

 

 

はじまりの地 中村「小一郎の家」

 

 

 

 

・衣装・小道具展示

小一郎(のちの豊臣秀長)、藤吉郎(のちの豊臣秀吉)、織田信長などの衣装から、ドラマの場面を彩った小道具などが展示されています。衣装の染色技法、太刀の拵、甲冑の朽ちた表現など、間近で見るとその美しく細かい造りに鳥肌が立ちます。

 

 

衣装・小道具展示

 

 

 

・フォトスポット① 等身パネル

キャストたちの等身大パネルがずらり並びます。豪華キャスト全員を撮影することのはもちろん、気になるキャストとツーショット撮影も。

 

 

 

フォトスポット①等身パネル

 

 

 

・フォトスポット② 願いの鐘

豊臣兄弟! 第2回に登場するセットを再現。願いを叶える不思議な鐘「願いの鐘」と一緒に記念撮影ができます。

 

 

 

フォトスポット②願いの鐘

 

 

 

・特集パネル

戦国時代の歴史や、衣、美術デザインの裏側を覗けます。じっくり読んでドラマも深く楽しめる大河ドラマ館ならではの展示。

 

・4Kシアター

仲野太賀さんをはじめとしたキャストインタビューや、ドラマのメイキング映像を通して、感動のシーンを再び観ることができます。高精細な大スクリーンで上映されるため、臨場感も格別です。

 

 

 

 

 

特集パネルを見て① 小一郎と藤吉郎の家が広い理由

 

オープンの時点で、豊臣兄弟! はまだ第3話までの放送でした。小一郎がようやく武士になる決意を固めた回でした。そのため展示もどちらかといえば、小一郎と藤吉郎の生まれ故郷、中村(現在の愛知県名古屋市中村区)にまつわるものが多かったです。

 

藤吉郎の出自が百姓であることは、多くの方が知っていることでしょう。しかし、ドラマに登場した小一郎の家は百姓にしては広すぎないか、と思いませんでしたか?家のなかは土間が広く、煮炊きを行う竈や、調理器具、皿などが揃います。履物を脱いで一段上がると、食事や団らんのための囲炉裏のある座敷、奥座敷、納戸という間取り。家自体も、他と比較してやや小高い土地に建てられています。貧しい百姓一家の暮らしを想像していただけに、意外にも快適に見えました。

 

 

 

「小一郎の家」は広々空間

 

 

実は、小一郎と藤吉郎の父・弥右衛門が健在のころまで、小一郎と藤吉郎一家は上層階級に位置する百姓で、弥右衛門も織田家に武家奉公する在村被官(村に定住し、戦のときに出陣する村民)だったと考えられているのです。さらに所有する田畑も広く、村の有力者として小一郎と藤吉郎一家は栄えていました。それが、弥右衛門が亡くなったことで、どんどんと落ちぶれていき、大きな家だけが残ってしまった、ということをドラマでは表しているようです。

 

同ミュージアムの特集パネルには「土間から座敷の段差は一尺五寸(およそ45cm)」とあり、当時の家造りは、土間と座敷の段差があることがステータスでした。確かに、小一郎の家の土間と座敷の段差はかなりあります。これは説明がないと伝わらない。そんな細かい部分にまでこだわり抜いて、当時の農民の暮らしを忠実に再現しているんですね。

 

なお、ドラマ中にて、清須にある藤吉郎の家を訪ねた際、小一郎が「中村の家の方が広いではないか」と嘆く場面があります。藤吉郎の家は三間×三間(3.6m×5.4m)で、当時の一般的な庶民の家はだいたいこんなもののようです。今後、二人が出世し、広い屋敷や城を構えるようになる日が非常に楽しみですね。

 

 

 

「小一郎の家」の土間から座敷の段差

 

 

 

 

特集パネルを見て② 衣装デザインの知られざるこだわり

 

登場人物に着てもらう衣装は、漫画やアニメ、舞台、ミュージカル、ドラマをはじめなど、どのジャンルも、とことん考え、素材やモチーフについてこだわり抜きますよね。豊臣兄弟! でもそんな熱い心意気を感じました。

 

 

 

衣装の展示

 

 

 

小一郎と藤吉郎の衣装は、何がモチーフかわかりますか? 私も最初はまったく気付かずにいました。しかし、知った今となっては制作陣の深い慧眼に唸るばかり。

 

それは「兄弟のバディ感を表した“獅子と牡丹”」です。武家であれば「勇猛さの象徴」ともいえる獅子をモチーフにするのは理解できますが、なぜ牡丹なのでしょう。その答えは史実における豊臣秀吉が、毛利家に贈った「唐獅子図屏風」を見て、兄弟のように感じたことがきっかけだったと特集パネルにはありました。

 

 

「唐獅子図屏風」(右隻)狩野永徳[出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) ]

 

 

さらに獅子と牡丹はひとつの組み合わせとして用いられることが多く、中国の屏風、襖絵など絵画でもよく見られる構図です。「百獣の王」とされる獅子にも弱点があり、身体に寄生した虫によって命が脅かされるという逸話があります。これは仏教の言葉「獅子身中の虫(獅子に寄生する虫が、獅子自身をむしばみ殺めてしまう)」に由来し、どんなに力ある者も内部の諍いや裏切りで身を滅ぼすことがある、という意味に使われます。そして獅子の身体に寄生する虫を殺すことができるのは、その寄生虫が嫌うとされる牡丹の花の露。だからこそ、獅子と牡丹は切っても切れない組み合わせとされるのです。

 

 

 

「獅子の子落とし」二代歌川広重[出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) ]

 

 

 

 

獅子図屏風 葛飾北斎[出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/) ]

 

 

 

そのため衣装には、藤吉郎は獅子の毛の模様「毛卍文(けまんもん)」を、小一郎は「牡丹の葉」が入ります。戦国の世は、親戚や兄弟であっても裏切り、騙し、戦を仕掛けるような時代でしたが、常に前を向く藤吉郎が、安心して背中を預けることができたのが弟の小一郎でした。藤吉郎の右腕であり、のちに発足する豊臣政権では参謀として遺憾無くその才能を発揮させていたことは多くの史料に残ります。

 

 

 

藤吉郎と小一郎の衣装

 

藤吉郎の毛卍文

 

小一郎の牡丹の葉

 

 

 

二人で対となる衣装は興味深く、かつてないバディものの大河ドラマならではの衣装作りには驚かされます。ドラマが進み、二人が成長していくにつれ、模様も一緒に変化していくのが楽しみです。

 

 

 

 

三英傑も食べた「戦国めし」と、現在の「なごやめし」

 

三英傑の「戦国めし」をベースに、名古屋の食文化の源流をたどる名古屋市独自の展示「戦国めし×なごやめし」。なかでも印象的だったのは、現在の「なごやめし」に欠かせない豆味噌(赤味噌)の存在です。味噌カツやどて煮、味噌おでん、味噌煮込みうどんなど、名古屋らしい濃い味わいは、この豆味噌なくして語れません。

 

 

愛知県民のソウルフード「なごやめし」

 

 

展示では、豊臣秀吉や徳川家康が豆味噌を好んでいたことが紹介されています。豆味噌は約1300年の歴史を持ち、古くから尾張や三河で作られてきました。保存性が高く、戦国時代には携行食として重宝され、戦場を生き抜く武将たちの食を支えていたといいます。

 

 

 

三英傑が食べた「戦国めし」

 

 

 

やがて江戸時代に入り、街道整備や物流の発展とともに豆味噌は各地へと広がっていきます。東海地方の味噌文化として根付いていった背景を知ると、なごやめしの味わいにも、また違った奥行きが感じられました。

 

 

 

 

 

ミュージアムショップ、大河ドラマ館の思い出に

 

展示室を出たあとは、併設されたミュージアムショップへ。店内には愛知県の定番土産がずらりと並び、思わず足を止めてしまいました。個人的には、昔から大好きな「きよめ餅」を見つけてうれしくなったところ。大河ドラマ館の公式グッズも種類が豊富で、来館の記念に選ぶのも楽しそうです。取材時にはレジに並ぶ人の姿も多く、展示の余韻をそのまま持ち帰る人の多さが印象に残りました。

 

 

ミュージアムショップでお買い物をする来館者

 

 

 

《参考文献》

・「NHK2026 大河ドラマ 豊臣兄弟! 完全読本」(産経新聞出版、2025)

・「羽柴秀長の生涯 秀吉を支えた『補佐役』の実像」(黒田基樹、平凡社、2025)

 

 

《参考サイト》

・皇居三の丸尚蔵館「唐獅子図屏風」 https://shozokan.nich.go.jp/collection/object/SZK002944

・大河ドラマ館「豊臣ミュージアム」 https://j-lppf3.jp/nagoya-nakamura-toyotomi/

・実践料理研究家 岩木みさきのみそ探訪記  https://misotan.jp/

 

Auther

藤原一葉

歴史・美術ライター

この著者による記事:

RELATED ISSUE

関連書籍

目の眼2026年2・3月号No.585

須恵器 世界を変えたやきもの

SUEKI Change the World

これまでにない大規模な須恵器の展覧会が、愛知県陶磁美術館から、兵庫、山口、東京と巡回します。 古墳時代に大陸から渡ってきた窯焼の技術によって、それまで日本になかった硬質のやきものが作られるようになりました。日本最大のイノベーションといわれる須恵器の誕生です。約30年ぶりという本格的な須恵器の展覧会を機会に、コレクターによる須恵器の愛玩の変遷もみながら、ご紹介します。

POPULAR ARTICLES

よく読まれている記事