私の夏時間 永松仁美 昂KYOTO店主 ジリジリと照りつける太陽と蝉の鳴き声と共にやって来た葉月。子供達にとっては巡り来る季節の中で最も五感が揺さぶられる季節です。太陽、雲、空、海、山、川、そして音、香りに至るまでそれぞれが最大級にインパクトのある季節。時間の使い方さえ考える事もしなかった無知な子供時代、自由でいた無駄に思えた時間。それらもすべて感性の礎となっている事も決して間違いでも無いのです。いやいやそれで良いのか良かったのか。 そんな夏の記憶を想いながら過日、親しき友の故郷である丹後を訪ねました。京都市内から車を走らせ2時間余り。ここはオーバーツーリズムという言葉は一体何処へと言わぬばかりの人影もまばらで、前日の大雨のお陰なのでしょうか、空も海も青く緑は濃く空気は澄み渡り、ここが京都だと言う事さえ不思議に思えるのです。そしてのどかで静隠たる品格を感じる理由には、はるか太古より自然が生み出した地形と共に、神代として今も崇拝され受け継がれ続ける元伊勢籠神社はじめ古刹なる神社仏閣が点々と存在しているからなのでしょうか。 今回の旅の目的、それは細川忠興の妻であった明智光秀の娘「たま」。後の細川ガラシャの隠棲の地を巡る旅でした。山深き隠棲の地である味土野は夏でこそ陽気に蝉や鳥が鳴き賑やかなものの、周囲は山々だけがそびえるだけの淋しいところでありました。20歳の身重で隠棲の地に向かい、ただ忠興を信じ、キリスト教を信仰し、常に狙われる命を覚悟しながら、里の子供達には読み書きを教え、自ら瓦の葺き替え、畑仕事まで里山の人々と共に励みながら里に溶け込む姿に大変慕われた女性だったと言います。しかしながら彼女は、武将の妻としてあるべき姿を見せつけながら壮絶な最後を迎えます。450年前などついこの間ではないですか。命をかけ国をお家を守る精神。願いごとが叶うとされる成相寺でさえお願いどころか、ずっと皆で手を合わせ瞼を閉じれば、そんな方々の生き様にありがとうと自ずから涙が溢れ出るのは仕方ありませんでした。 夜、自炊をしながらガラシャを想う女子達の問答は続きます。悶々とする気持ちを抑えその時代を味わおうぞと「英雄達の選択スペシャル」を見る私達。敬愛する磯田道史氏が番組の最後の締めで仰ったお言葉 「我々は文(あや)の家、文(あや)の国でありそれらを守る事の意味を今一度、考える時が来ているように感じます」 ストンと胸に何か腑に落ちた瞬間でした。それらを知り守っていくこと。あの幼き頃の夏休みから四半世紀が過ぎ、今更ながらに私の夏時間は、気のおけぬ友と旅をし、考え、論破する愉しみを味わっています。命をかけこの国を死守された沢山の先人に敬意と感謝を想いながら。 *永松仁美さんの連載「京都女子ログ」は『目の眼』2023年1月号〜2024年10月号まで掲載。過去のコラムはこちらからご覧いただけます。 月刊『目の眼』2024年8月号より Auther コラム|京都女子ログ 永松仁美(ながまつひとみ) 1972年京都生まれ。京都・古門前の骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年、祇園に移転しアンティーク&ギャラリー「昂KYOTO」をオープン。 この著者による記事: 器と心 永松仁美 水無月の思い出 永松仁美 スープの伝言 永松仁美 座右のポット 永松仁美 心に刻むひな祭り 永松仁美 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2024年7月号 No.574 酒器を買う 選ぶたのしみ使うよろこび あいかわらず人気の高い酒器だが、コロナ禍を経て少し好みや傾向が変化したようにも見えます。 今号はコレクター や酒器の名店を訪ねて最新事情を紹介するほか、東京美術倶楽部が運営するインターネットサイト「TSUNAGU東美」とのコラボレーション企画としてスペシャル座談会を開催。実践的な酒器の選び方、買い方、愉しみ方などそれぞれの視点から紹介していただきます。 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 世界の古いものを訪ねて#3 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 山田ルーナHistory & Culture | 歴史・文化 新しい年の李朝 李朝の正月 青柳恵介 青柳恵介People & Collections | 人・コレクション 台北 古美術探訪|国立歴史博物館 歴史と古美術を満喫、台北「国立歴史博物館&植物園」を探訪 History & Culture | 歴史・文化 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの 夏酒器 勝見充男の夏を愉しむ酒器 Vassels | うつわ 日本橋・京橋をあるく 特別座談会 骨董街のいまむかし People & Collections | 人・コレクション 最も鑑定がむずかしい文房四宝の見方 硯の最高峰 端渓の世界をみる People & Collections | 人・コレクション 展覧会レポート|大英博物館「広重展」 名所絵を超えた“視点の芸術”が、いま問いかけるもの 山田ルーナCalligraphy & Paintings | 書画 TSUNAGU東美プロデュース 古美術商が語る 酒器との付き合い方 Vassels | うつわ 骨董ことはじめ⑤ 明治工芸という世界|清水三年坂美術館・村田理如コレクション People & Collections | 人・コレクション 連載|辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂KYOTO) 辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ「井戸茶碗」(後編) Ceramics | やきもの 世界の古いものを訪ねて#2 アルフィーズ・アンティーク・マーケット|イギリス・ロンドン 山田ルーナOthers | そのほか