花あわせ

心惹かれる花は、名もなき雑草なんです

RECOMMEND

池坊専宗さん

 

 「いちばん好きな花はなんですか? と、よく聞かれるのですが、実は、その辺の道端に咲いてる雑草なんですよね」とえのころ草を手に微笑む池坊専宗さんは今回の参加者中最年少の31歳。華道界期待のホープだ。

 

華道家元池坊は、その名の通り日本のいけばな文化とともに歩んできた家系。その歴史は560年以上というから室町時代、応仁の乱の直前にまで遡る。それも古文書に池坊専慶の名があらわれてからの計算なので、おそらくそれ以前から花に関わってきたと考えられる。2017年には池坊555年を記念して、本誌でも同年12月号で池坊の特集を組んだ。その特集にご登場いただいた現家元の池坊専永さんは45世にあたり、専宗さんはその孫として生まれた。

 

10代は野球少年だったという専宗さん。一時は数学者を目指して慶應大学理工学部に入学したが、あらためて東京大学へ入学して法学を学び、卒業時には成績優秀者に与えられる「卓越」を受賞したというからよほどの集中力の持ち主だろう。卒業後の進路の選択肢は山ほどあったはずだが、花の道を選び、池坊の花の世界を広く発信し続けている。

 

思い切って今特集の企画を打診すると、「アンティークカメラや懐中時計を集めていて、骨董にも興味があります」と快く受けていただいた。しかも「花の写真は私に撮らせていただけませんか」とのリクエスト。専宗さんは生けた花を撮影する写真家としての一面もあり、京都現代写真作家展新鋭賞を受賞している。そこで今回は専宗さんのやってみたいことを全て実現すべく、活動拠点である東京と京都で3つの花を生けていただくことにした。

 

 

夏の京都、初めてのアンティークフェアで

カメラや時計を扱うアンティークショップを訪ねたことはあっても本格的な骨董市には行ったことがない、という専宗さんを連れて夏の京都アンティークフェアを訪ねた。ジャンルも時代も種々さまざまなモノが並ぶ広大なフロアを楽しげに練り歩き、コワモテの店主にも臆することなく質問していく専宗さん。ふと目を止めたのが写真の弥生の壺。口が3割ほど欠けているものの、肌の状態は良好で、欠けが逆に見どころとなっている、と出展者の古道具安田さんの説明を受けて購入。記念すべき初の骨董買いとなった。後日、生けていただいたのがこの写真。

 

えのころ草、薮蘭、葦 弥生広口壺  撮影:池坊専宗 

 

「弥生独特の、素のままの土の風合いを生かした花にしたいと思いました。花も葉もキレイなものではなく、茎に古い皮が茶色く変色したまま残っていたり、枯れた部分があるものを選んでいます。また撮影したレンズも戦前のライカのものを使いましたので、最新のデジカメでは表せない空気感が出ていると思います。えのころ草はこの企画に参加される他の方は使われていませんかね(笑)。でも、私はこんな自然の中にある草花の風情が好きなんです」と教えてくれた。

 

 

花器となる古い石を探して

 「緑に囲まれた自然の中で石にいけたい」と連絡を受けて京の北白川を訪れた。迎えてくれたのは江戸時代頃から続く石材・石造店を営む石源の代表・内田雅喜さん。

 

「この一帯は〝白川石〟と呼ばれる花崗岩の産地で平安以前から近世に至るまで、京の街の建材を供給してきました。ウチは代々灯籠や手水鉢などの製作を手がけ、私で8代目となります。代々趣味人で古い石造品などを集めて、時折同好の士に売っていたことから古いものも扱うようになり、このような石置き場が設けられました。その頃から池坊さんとのおつきあいが始まったようで、専宗さんは幼小中高の先輩でもあるんです」と教えてくれた。なるほど、この石造品群から花器を探そうということかと腑に落ちた。小雨が降るなか、皆で石を探すこと小一時間、高さ1メートルはあろうかという巨大な石を専宗さんは選んだ。

 

写真家でもある専宗さん。花の写真は自分で撮りたいとリクエスト

 

「東大寺か、それと同時代の寺院の礎石と代々伝わっているものです。上の孔は手水鉢にしようと後世に刳られたものです」と内田さん。

こんな巨石にどういけるのか、と見守っていると専宗さんは次第に本降りとなっていく雨に打たれながら小さな野の花を生けた(上)。

 「この河原の風景に溶け込むように野の花を生けたいと思いました。こんな雨の中でびしょ濡れになって生けるのは初めての経験でしたが、水の気が満ちて礎石もしっとりした風情となってよかった。この花生けは一生忘れないでしょうね」と、撮影後に笑った。

 

 

古美術店「戀壺洞」で見つけたガレの花瓶

その数日後、「街を歩いていたら素敵な花器を見つけたのでそこで花を生けましょう」との連絡を受けて訪ねたのは「戀壺洞」。本誌の伊万里特集などでご登場いただいた老舗だ。

 

「骨董街には珍しいシュッとした好青年が現れて、どなたかしら、と思ったら池坊さんと知ってびっくりしました」と店主の関川紳子さん。さらに目の眼の取材で花器を探しているときいて、うつわを色々と出してくださっていた。初期伊万里の壺や徳利、古染付の市松文などの優品を手に取り、じっくりと説明を受けた専宗さんだったが、迷って迷って手にしたのはガレの菫文花瓶。

 

 

「初めてこの店を訪れたとき、光の差し込む窓辺にこのガレが飾ってあってすごく優しかったんです。そのときの感動を花にできたらいいなと思いました」と専宗さんがいうと、 「確かにこの花瓶は、ガレの作品の中でも和のテイストが感じられますね。日本の美意識に憧れたジャポニスムの時代のものでしょう」と関川さんが応える。そして完成した花がこちらの写真。

 

箒星、スモークツリー  ガレ菫文小壺  撮影:池坊専宗

 

「外光に透けた花瓶の紫が周囲のガラス窓や棚に投影されるように、花瓶の口あたりにふわりと広がるスモークツリー、そして上にポンと飛び出したような薄紫の擬宝珠で、うつわの光に透かされた優しい色合いから擬宝珠の命がすっと抜き出るように、はじけて広がったようなイメージを表現しました」

 

陽光がちょうど朝の光から中天へと差し掛かった頃合いで、光の加減が刻々と変わっていくに従って、花瓶と花の色合いも移ろっていく。その変化を逃さないように専宗さんはシャッターを押した。 

 

「私の花は華やかというよりは素朴なものが多いので古い花器との相性はいいだろうな、と感じていましたが、骨董に生けるのは思った以上に楽しい経験でした。いろんな出会いがあって深みにハマりそうです」と今回の企画を振り返って微笑んだ。

 

 

『目の眼』2023年12月号〈花あわせ 古器物にいける〉

Auther

池坊専宗

華道家元池坊 次期家元 池坊専好の長男として京都に生まれる。池坊青年部代表を務める。文筆、デモンストレーションなど様々な形で花を生ける意味を伝え続けている。信条は「光を信じ、草木の命をまなざすこと」 池坊専宗 HP : https://senshuikenobo.com/
 Instagram @senshuikenobo_ikebana

RELATED ISSUE

関連書籍

目の眼2023年12月号 No.567

花あわせ

古器物にいける

   「いちばん好きな花はなんですか? と、よく聞かれるのですが、実は、その辺の道端に咲いてる雑草なんですよね」とえのころ草を手に微笑む池坊専宗さんは今回の参加者中最年少の31歳。華道界期待のホープだ。   華道家元池坊…