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Rolls-Royce | ロールス・ロイスの光、ベントレーの風に魅せられて 1

涌井清春

ワクイ・ミュージアム館長

私は東京、文京区弥生でロールス・ロイスとベントレーという英国車、それも趣味的な古いものに限って販売している「くるま道楽」の主人で涌井と申します。

 

英国の古い車、それもロールス・ロイスやベントレーという手作り感あふれる高品質車はかつて妥協なき品質追求と信頼性、ステイタスで知られ、20世紀初めの創業時から「世界最良の車」として名高いものです。

現在では両ブランドともに英国生産ではあるがドイツ資本となっています。伝統は守られていると両ブランドはしきりに広報しますが、第2次大戦後はドイツ車や日本車の性能向上も目覚ましく、自動車産業の再編成に組み込まれた今は、かつてほど突出した品質や趣味の良さを誇る車とも言えなくなったかもしれません。ただブランド力の拠り所でもある高価格はブランド戦略的な意味でも維持しており、その意味では現在も相応の品質とステイタスを保っていると言えましょう。

高価格であるがゆえに品よく浮世ばなれしていると言える半面、物を価格で判断するだけの俗な関心や怪しい人々をも惹きつけるというのは東西を問わず高級品に避けられない性質です。

 

しかし私が主に敬愛し、それゆえにこの道楽商売に入ってしまった20世紀の、しかもおよそその前半までのロールス・ロイスというのは、ボディのつくりや形、内装の木材や革には馬車の時代、あるいは19世紀ビクトリアン時代からの技術や形式を継承した趣味のいい書斎のような風格があり、ある種骨董美術に通じる佇まいを見せるものが少なくありません。そこにはすぐに価格がはじき出される経済価値を離れた、心安らぐ典雅なスタイルとドライブの世界があるのです。

 

ここで詳しく述べても場違いですが、それらの美意識を象徴するものとして、ロールス・ロイスのラジエター・グリルの上に輝く像、スピリット・オブ・エクスタシーあるいはフライング・レディとよばれるマスコットが挙げられるでしょう。これはチャールズ・サイクスという19世紀初頭に活躍した画家、彫刻家にロールス・ロイス社が依頼して採用した作品です。車の鼻先にアール・ヌーボー期の美術品を乗せてぴったり似合う車であったことは車の貴族的スタイルと世界をよく示していると思います。

 

このマスコットは1911年から採用され、古いほど大きく、現在はステンレス製ですが1914年ごろまではニッケルあるいはクロム合金に銀をメッキ施されたもので希少品です。1934年にはスポーティなサルーンのために片膝をついた低い姿勢のバージョンも登場しています。走っていると街灯や陽光を受けて像の上で光が流れる様はとても美しいのです。このマスコットだけでもとデスクの上に飾っておく人も少なくありません。

 

いつのまにか魅せられて車まで欲しくなる、この世界への誘いをささやき続ける女神なのです。

月刊『目の眼』2013年4月号

Auther

涌井清春 ◆ わくい きよはる 

1946年生まれ。時計販売会社役員を経て、古いロールス・ロイスとベントレーの輸入販売を主とする「くるま道楽」を開く。海外からのマニアも来訪するショールームを埼玉県加須市に置き、2007年からは動態保存の希少車を展示した私設のワク井・ミュージアムを開設。

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