私家本拝見① |「島桑 江戸指物の世界」 受け継がれる美意識、指物師の魂が宿る「島桑」の美術工芸品をまとめた1冊 RECOMMEND 骨董・古美術にはさまざまなジャンルがあり、世の中にはいろんなコレクターがいる。 目の眼編集部には時折、熱心なコレクターがまとめた「私家本(しかぼん:個人で制作・刊行され一般の流通にのらない書籍や図録、自費出版の一種)」が送られてくることがある。このシリーズではそんな愛にあふれたユニークな私家本の世界を紹介していきます。 指物とは? 日本が誇る伝統の木工技術 指物とは日本特有の木工技術のひとつで、板や角材を接合させて机や棚などを作る場合に使用されてきた。そして、その技術によって木肌の美しさを生かした木工家具を指す。高度な職人技術から生み出された造型・装飾には、長い伝統の中で培われた美意識を感じることができる。本書は美術工芸品として鑑賞できる指物作品を、カラー印刷の大判ページで121点を紹介している。 指物技法によって製作された箪笥、茶箪笥、棚、机、鏡台、針箱、火鉢、衝立などは骨董・古美術の分野でも蒐集の対象として知られている。用材としては桐や檜、杉がよく使われたが、桑も重用された。中でも伊豆七島のひとつである御蔵島産の銘木「島桑(しまぐわ)」は、樹齢数百年を経た緻密な年輪を持つ。指物家具に使用される木材として最良のものとされた。 島桑の黄金時代、明治から昭和初期の知られざる物語 本書のタイトルである「島桑」を用いた指物作品は、明治後期から昭和初期までの約30年という短い期間に数多く作られた。当時は島桑の良材に恵まれ、多くの指物職人が切磋琢磨し競い合って、作品に工夫を凝らしていたという。 本書では製作年代が明治と思われる作品が数個、多くは大正から昭和、その他に戦後から現代までの作品を掲載している。入手時には破損や塗装の劣化などが目立った作品は補修、分解修理、再塗装、金具の作成、交換等によって長い年月をかけて状態を改善。地主階級や政財界人の注文品といえるような作品から贈答品と思われる作品まで、編者のコレクションは多岐にわたるが、島桑独特の光沢や木目の美しさは共通している。 巻末には御蔵島の島桑を使う名人であり、「桑樹匠」と呼ばれた前田桑明をはじめとする指物名人や掲載作品の解説も詳細で、資料価値も高い。そして知られざる指物師・前田兵五郎の作品と消息を追った丁寧な調査記録は、編者の指物研究の大きな成果といえるだろう。 失われゆく美を後世に伝えるために 御蔵島産の島桑は明治中頃から、皇族の調度品や家具の用材としても重用されたが、昭和初期を過ぎる良材は切り尽くされた。また関東大震災や太平洋戦争により蓄財も消失した。さらに戦後は職人や和家具の需要は減少。島桑を用材とした指物作品は、現在では美術工芸品として国立工芸館などの博物館にわずかに保存されている。編者によると、いまだ多くは「単なる古い木工品として人目に付かず眠っているか、巷に彷徨っている」という。だからこそ本書は後世に指物の美しさを伝える貴重な一冊である。入手困難になる前にその魅力を味わってほしい。 【書誌DATA】 『島桑 江戸指物の世界』 田﨑泰次郎 編 (A4判 並製 オールカラー 本文120頁 2024年 6月15日刊行 547g) 【ご案内】大切なコレクションを1冊の本にしませんか 目の眼では、骨董・古美術の書籍やコレクション図録を数多く制作・出版しています。個人的な図録から書店等の販売対応まで、専門の編集者が一緒に考え、ご提案いたします。お気軽にご相談ください。 ▷これまで出版した事例など RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第6号 残欠 仏教美術のたからもの デジタル月額読み放題サービス 今特集では仏教美術の残欠を特集。 残欠という言葉は、骨董好きの間ではよく聞く言葉ですが、一般的にはあまり使われないと思います。ですが、骨董古美術には完品ではないものが多々あります。また、仏教美術ではとくに残欠という言葉が使われるようです。 「味わい深い、美しさがあるからこそ、残欠でも好き」、「残欠だから好き」 残欠という響きは実にしっくりくる、残ったものの姿を想像させます。そこで今回は、残った部分、残欠から想像される仏教美術のたからものをご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 骨董ことはじめ③ 青磁 漢民族が追い求める理想の質感 History & Culture | 歴史・文化 東西 美の出会い 日本・オーストリア文化交流の先駆け|ウィーン万国博覧会 森本和夫History & Culture | 歴史・文化 アンティーク&オールド グラスの愉しみ 肩肘張らず愉しめるオールド・バカラとラリック Vassels | うつわ トピックス|刀剣文化の応援はじまる 「刀剣乱舞」の生みの親 ニトロプラスが刀剣文化の調査・研究に助成 Armors & Swords | 武具・刀剣 世界の古いものを訪ねて#8 2025秋のシャトゥ蚤の市。フランスの小さなカフェオレボウルと、見立ての旅。 山田ルーナOthers | そのほか 2023年8月号 特集「猪口とそばちょこ」 不思議に満ちた そばちょこを追って Vassels | うつわ 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション 展覧会紹介|荏原 畠山美術館 畠山即翁×杉本博司 数寄者の美意識を体感する People & Collections | 人・コレクション 名碗を創造した茶人たち Vassels | うつわ 小さな煎茶会であそぶ 自分で愉しむために茶を淹れる 佃梓央前﨑信也History & Culture | 歴史・文化 骨董・古美術品との豊かなつきあい方② 自分だけのコレクション、骨董品との別れ方「終活」編 Others | そのほか 展覧会紹介|堺市博物館 仁徳天皇陵古墳のお膝元で、幻の副葬品が初公開中! Religious Arts | 宗教美術