インタビュー|伊藤穰一さん アートとデザインとサイエンスとエンジニアリングを行き来する茶人 RECOMMEND お茶の世界に、伊藤穰一さんというユニークな数寄者がいらっしゃるという噂は最近耳にしていた。しばらくして当のご本人から『目の眼』英語版を数十冊まとめて購入したいとリクエストをいただき慌てて検索したところ、起業家、投資家としてアメリカで成功をおさめる一方、ITやコンピュータサイエンスといったデジタル分野の研究者としても活躍し、かのMITで教授やラボの所長を務めたほか国内外のさまざまな分野で活躍されているスーパーマンともいえる存在と遅まきながら知った。そんな方が茶の湯や古美術に興味を持ち始めていると聞いて取材をお願いしたところ、穰一さんが定期的に配信しているポッドキャストに出演してくれるなら取材を受けてくださるというので、無謀にも誌面とポッドキャスト両メディアでの公開インタビューとなった。ここではその一部を抜粋して紹介する。 *本記事は、雑誌『目の眼』2025年12月・2026年1月号に掲載されました。 ❖ 目の眼編集部(以下、目の眼) 穰一さんにインタビューするにあたってプロフィールを拝見したのですが、私のような文系アナログ人間には半分も読み取れませんでした。恥ずかしながら改めて伺いたいのですが、穰一さんはこれまで、主にどのようなことに取り組まれてきたのでしょうか。 伊藤 そうですね、私は結構ハマりやすい質(たち)で好きなもの見つけるとその世界にどんどん入り込んでしまうんです。例えばいちばん最初は熱帯魚ですね。最初は普通に買っていたんですがもっと知りたいと思って熱帯魚屋さんで働きはじめて魚の名前を全部暗記するところから始まり、 そのほかいろんなものを集めたり勉強するのが楽しかったんです。遊びの方だと、スキューバダイビングでは資格を取ってコーチをやったり、 あるいはディスクジョッキーにハマって、 80年代後半はもうずっと音楽にどっぷり浸かってました(笑)。で、 そういう遊びの中にあるコミュニティ、 人の輪に入ることが好きなんで、 クラブに通うだけじゃなくてクラブ経営しちゃったり、 イベントを仕掛けたり、 その延長でメディア……たとえば映画やテレビの現場にも入り込んで、例えば 「紅白歌合戦」に外人タレントをアテンドしたり映画のプロデュースなんかも結構やってました。またファッションというか、 「レイヴカルチャー」という音楽シーンから立ち上がってきた文化があったんですけど、 それが80年代後半のバブルの時に日本に入ってくるんです。その頃はレコードやファッション関係の輸入ビジネスなども手がけて90年代前半までずっとやっていました。やがて90年代になってインターネットが登場するわけですが、私はその前夜のパソコン通信の時代からハマって、 ネットワークやコミュニティづくりに夢中になってました。インターネットの時代になってこの分野のビジネスがどんどん伸びてきたので、 そこがメインの事業となって、 仲間一緒にこの「デジタルガレージ」という会社を立ち上げました。 目の眼── すごい! 興味の赴くまま突進してますね。 伊藤 一方で、アカデミズムの分野はなんというか……2011年にメディアラボ(MIT)の所長になるんですけど、 その前は大学を3回中退してるし、 学校教育というものがずっと合わなくて、 自分が好きなことを自分の文脈で勉強していくことがすごく好きだったんですね。メディアラボはそういうプロジェクト型の研究室で、 まるで幼稚園のように遊びから学ぼうっていう研究室だったので、 私にすごく向いていたこともあって所長を務めました。その研究分野の一つがブロックチェーンだとかAIとかの研究だったんです。いま千葉工業大学の学長もやってまして、 そういう学術系もやりながら非営利団体の代表をやったり、 ベンチャーもやったり、最近は国ともプロジェクトを組んだり、 そういう産学官全部同時進行で進めたり、文系と理系を両方行ったり来たりですね。アートとデザインとサイエンスとエンジニアリングという4つの軸があるんですけども、 これを行き来するのが一番自分に向いてる気がします。 ちょっといろんなことをやり過ぎちゃって大変ではあるんですけどね(笑)。 目の眼── なるほど。穰一さんにとっては仕事も遊び も勉強も一緒なんですね。好きになってハマって、グルグル回していくうちに、どこかを突き詰めていくと時にビジネスになることもあるし、 研究になることもある。 伊藤 そうですね。私の性格上ハマってることを通じてしか、ビジネスも学びも起きないので、 常に何かしら次にハマるものを探している人生ですよ、この59年間(笑)。 目の眼── 仕事でも遊びでも手を出しすぎると普通の人間なら器用貧乏で終わってしまいがちなところを、すべて成功させてしまうのはすごいですね。そんな穰一さんがお茶にハマったのはどこが魅力だったのですか? 伊藤 入り口はたまたまなんです。デジタル ガレージが 「沼津倶楽部」というリゾートホテルを買って、 そこに良いお茶室があった。せっかくならお茶を勉強した方がいいよねと共同経営者の林郁と話したのがきっかけなんですが、林が一人では怖いというので……(笑) 目の眼── 一緒にお稽古から始めようと。 伊藤 で、お稽古には道具が必要だというので、 まず稽古道具を揃えたんです。で、 2023年に外国からお客さんをお迎えすることになって、そのプランニングを考えているときにあるお茶会で千宗屋さん(武者小路千家)と藤田清さん(藤田美術館館長)に出会いまして、そこで見たお道具と雰囲気が「すごくいい」と思って。 目の眼── それまでの稽古用の道具とは世界観がまるで違ったわけですね。 熊川茶碗 銘 谷響 玄々斎箱書 珠光青磁茶碗 銘 高中 平瀬家伝来 荒木宗允箱書 伊藤 見た目ももちろんですが、宗屋さんが解説してくれたストーリーもたいへんおもしろくて。でも当時は面識のない方ばかりだったので声をかけづらくて、そのとき一緒にいらした戸田貴士さん(谷松屋戸田商店)がやさしそうだったからナンパしちゃったんですよ(笑)それから道具のことを教えてもらったり、彼らのグループに混ぜてもらって一緒にご飯を食べにいったりすると、みんなお道具を持ってきていて道具談義が始まるわけです。そのやりとりやエピソード、ものの見方とか会話がすごく楽しいんですね。 目の眼── これまで各分野で経験されてきたコミュニティのおもしろさがお茶の世界にもあったわけですね。 伊藤 で、あるときに伊藤さんはどんなお茶が好きなんですか? って聞かれてしまって。やっぱり自分の好みがないと、それをちゃんと表現できないとダメなんだなと実感したんです。それからより積極的に道具を見て、 あれはどう? これはどう? って戸田さんに相談してたら、とにかく一度買ってみないと堂々巡りですよと言われて、 買っちゃったんです。それからいくつか買うようになって、でも確かに自分の道具を持ってお茶会で使うと、理解力というか道具の良さや味わい方が深まってきますね。 2025.9月に開催された裏千家好日会茶会で釜をかける穰一さん(撮影:佐野光芸社 佐野義之) 目の眼── 先日は裏千家の好日会で潮田洋一郎さんと一緒に亭主を務められたそうですね。 伊藤 私はお茶を始めたばかりで何も知らなくて、こんなたいへんなこととは知らず貴重な体験でした。潮田さんは去年かな、お茶会に呼んでいただいてお目にかかったんですが、スーツ姿であまりお点前もされず進められて、数寄者の茶会といってもいろいろなスタイルがあるんだなと勉強になりました。私の師匠の裏千家の奥谷先生は華やかなお茶をなさるし、裏千家という流派のお茶も興味深い。あと大宗匠(千玄室氏)にも亡くなる前にお目にかかることができて、あなたはどんどん発信しなさい、と背中を押していただきました。お茶の世界には足を踏み入れたばかりでまだまだですが、良い人たちが周りにいてくれて、この世界の楽しさを私なりにどうやって世界に広めていくか考えていきたいですね。 愛蔵の茶碗を見せてくださる穰一さん、自然と笑みがこぼれる ❖ JOI ITO Podcastでは、インタビューの全容をご覧いただけます! 音声・動画(ポッドキャスト)で公開される今回の取材の様子は、11月18日から3回にわたり、穰一さんが定期的に配信しているポッドキャストでお聴きいただけます。 ▷ JOI ITO公式サイトのポッドキャストはこちら https://joi.ito.com/podcast/ 【ポッドキャスト プラットフォーム Apple Podcast, Spotify, YouTube でもお聞きいただけます】 インタビューの動画はJOI ITO公式サイトのポッドキャストから 伊藤穰一(いとう じょういち) ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として、主にテクノロジーの倫理とガバナンスの課題に取り組む。 千葉工業大学学長、デジタルガレージのチーフアーキテクト・共同創業者兼・取締役、複数の非営利団体、民間企業の取締役、アーリーステージのweb3ファンドgmjpディレクター。 千葉工業大学変革センターのセンター長、藤田医科大学ヘルスデータ・アーキテクチャセンター副所長・客員教授。内閣府のグローバル・スタートアップ・キャンパスのExecutive Advisor、デジタル庁「デジタル・ソサエティ審議会」委員、経済産業省「Web3.0・ブロックチェーンを活用したデジタル公共財等構築実証事業」アドバイザリーボード委員を務めるほか、講談社、サントリーホールディングス、MUFGなど多数の企業のアドバイザーに就任している。 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年12月号・2026年1月号No.584 廣田不孤斎の時代 新しい美の発見者 廣田松繁(不孤斎 1897 〜1973)は、東京・日本橋に西山保(南天子)とともに壺中居を創業し、国際的評価の高い鑑賞陶磁の名店に育てました。今号は小説家の澤田瞳子さんをはじめ、不孤斎本人を知る関係者の方々を取材。旧蔵品や資料から、不孤斎が見出した美を特集します。 そのほか宮武慶之さんと陶芸家の細川護熙さんの対談や、デザイナーのNIGO®さん、起業家の伊藤穰一さんへのインタビューなど、現代数寄者やクリエイターの方たちを紹介します。 試し読み 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 根付 怪力乱神を語る 掌の〝吉祥〟を読み解く根付にこめられた想い Ornaments | 装飾・調度品 加藤亮太郎さんと美濃を歩く 古窯をめぐり 古陶を見る Ceramics | やきもの 大豆と暮らす#2 うなぎもどき|日本人と大豆の長い付き合いが生んだ「もどき料理」 稲村香菜Others | そのほか 連載|辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂 KYOTO店主) 辻村史朗さんに”酒場”で学ぶ 名碗の勘どころ「井戸茶碗」(前編) Ceramics | やきもの 花あわせ 心惹かれる花は、名もなき雑草なんです 池坊専宗Vassels | うつわ 骨董ことはじめ③ 青磁 漢民族が追い求める理想の質感 History & Culture | 歴史・文化 TOKYO ANTIQUE FAIR 夏の定番、古美術フェア|東京アンティークフェア Others | そのほか 秋元雅史(美術評論家)x 北島輝一(ART FAIR TOKYOマネージングディレクター) スペシャル対談|アートフェア東京19の意義と期待 People & Collections | 人・コレクション 展覧会紹介|福本潮子ー藍の海ー 海のように藍が染まる〜福本潮子の世界を堪能する個展、銀座和光にて People & Collections | 人・コレクション 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) 新井崇之Ceramics | やきもの 新しい年の李朝 李朝の正月 青柳恵介 青柳恵介People & Collections | 人・コレクション 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」 東京国立博物館に蔦重の時代を観に行こう Calligraphy & Paintings | 書画