企画展紹介|ロンドンギャラリー六本木 仏教美術に触れる、金峯山遺物の粋を集めた展示会が開催 RECOMMEND 男神坐像(懸仏本体) 平安時代 12 世紀銅造鍍金 縦 11.6㎝ 横 14.6㎝[写真:六田知弘] 東京のロンドンギャラリー六本木では、2025年10月20日から11月1日まで、「𠮷金樂石−金峯山と山岳信仰」と題して、金峯山出土遺物を中心にした待望の展示会を開催しています。この記事では、仏教美術研究者の瀨谷貴之さん(神奈川県立金沢文庫主任学芸員)とロンドンギャラリーの田島充さん、田島整さんに、展示品と金峯山遺物について語っていただきました。 *同記事は、雑誌『目の眼』電子増刊6号 特集「残欠 仏教美術のたからもの」に掲載しています。 女神鏡像 平安時代 12世紀 銅製 径13.4㎝ [写真:六田知弘] 奈良・吉野山から大峯山(山上ヶ岳)にかけての金峯山と呼ばれる一帯は、修験の本尊蔵王権現が山上の岩から出現したという修験道の聖地。吉野山の金峯山寺、大峯山頂の大峰山寺の周辺には、平安時代、経典と仏像や鏡像などを納めた経塚が多数築かれました。 千年の刻を経て平安の埋納品が知られるようになると、歴史的遺物であることはもちろん、残欠が多いにもかかわらず、その繊細で雅な形はたちまち人々を魅了しました。来年4月には奈良国立博物館でも展覧会が開催される予定です。金峯山から出土した遺物は、仏教美術の残欠の中でも特別な存在、ブランドと言えるでしょう。 蔵王権現立像 平安時代 12世紀 銀造 像高8.5㎝[写真:六田知弘] ── 金峯山遺物の展覧会は、いつ頃から企画されていたのでしょうか。 瀨谷 もう10年くらい前からやりたいと仰っていましたね。 田島(充) そうですね。10年以上はかかっていますよ。 瀨谷 金峯山の経塚出土遺物については、昭和12年に、石田茂作さん(元奈良国立博物館館長/1894-1977)が中心になってまとめた『金峯山経塚遺物の研究』という本がありますね。それには帝室博物館や金峯山寺が所蔵しているものだけでなく、かなり個人蔵のものが掲載されています。著名なコレクターの所蔵もあったりしますから、戦前からコレクターアイテムとして流通していたと思います。田島さんもお好きですから、比較的早くから集めておられたんですよね。 田島(充) そうですね。ハリー・パッカードが手に入れた蔵王権現。あれがすごい刺激になっているんです。 瀨谷 いまはニューヨークのメトロポリタン美術館にある、およそ40センチくらい(34・6㎝)もある大きな金銅仏ですね。 田島(充)あの蔵王権現は国立博物館が入手しようと思っていたものなんですよ。それをパッカードは欲しくて欲しくてね、うまく手に入れたわけです。彼は面白い人で、古美術を買うときに3人の研究者に見せて、いいとなると買うようにしていたんですな。 瀨谷 パッカードはそうしたエピソードを著書の『日本美術蒐集記』にも書いてますね。 田島(充)パッカードは、相談する3人の研究者の一人だった島田先生(島田修二郎氏)の影響が大きかった気がしますね。それで中世の仏教美術を集めたんです。 瀨谷 パッカードが手に入れた蔵王権現は平安的な落ち着いたをしていますね。田島さんがお持ちの平安の蔵王権現はまた違う面白さがあって、ひなびているようできちんと作り込まれています。また見せていただいた銀の蔵王権現には驚きました。今回が初めての展示ですよね。 田島(整)初めてです。 田島(充)先に二体、金の仏像が大峯山寺から出土していますよね。そうして最近この銀の蔵王権現像が出たんですよ。 瀨谷 そうでしたね。蔵王権現の場合は、で金がある可能性があります。じつは平安貴族は金銀で仏像を作っていたんです。銀には供養という意味があって、故人の使っていた銀器を溶かして、僧が読経を上げて、縁者が見ている前で鋳造したという記録があります。ただし金銀は残らないんですよね。 田島(整)溶かしてしまうでしょうからね。 瀨谷 ええ。残っているのは珍しいですよ。金峯山は鏡像にも鍍銀やしたものがありますね。銀の蔵王権現も格別の意味があるのかもしれません。 (左)男神坐像 平安〜鎌倉時代 12〜13世紀 銅造 像高17.2㎝ / (右)女神坐像 平安〜鎌倉時代 12〜13世紀 銅造 像高14.1㎝ 田島(整)金峯山遺物のコレクションを持っているコレクターが昔はずいぶんいらっしゃったと思いますが、それがちょっと空白になって、それで父が少しずつ集めて、長年、金峯山の展覧会をしたいと言っていたんです。 瀨谷 戦後、まとまって金峯山の残欠が出たのは安田靫彦や前田青邨のコレクションでしたか。あとは20年ほど前でしょうか。古い時代に金峯山の経塚を掘ったものという一群も出ましたね。田島さんもそうした機会に蒐められたかと思いますが。 田島(充)金峯山といっても私は自分で気に入らないと全然何もしませんが、好きなものであればね、蒐めましたね。 田島(整)それ昔からよく言ってますね。歴史的価値があるものと、自分の好みのものでは違いますよね。今回の展覧会では父が好きなものを展示します。やはりコレクターが蒐めたものはその人の色がでますよね。 瀨谷 これは以前にも対談でお話しましたが、やっぱり平安時代が面白くて、そこにつながるのが、金峯山や吉野、春日大社や熊野三社なわけですね。 田島(充)ものには時代など一つのスタイルがありますが、幅広く自分の好きなもので見ていった方が楽しいですよ。 瀨谷 この男神像と女神像(15頁、上掲)は、田島さんのお気に入りで、これまでにも展示に出されていますが、金峯山でこうした神像はやっぱり珍しいですね。 田島(充)これは日本中探してもなかなか出てこないもんだろうと思いますよ。 瀨谷 私も最初見た時に独特だと思ったんですが、をきた女神像は木彫でも平安のものがあるんです。あと、これは懸仏の残欠ですが、そういう意味でも面白いですね。教科書的には、最初に線刻の鏡像が作られて、それがレリーフになり、鎌倉時代になると立体的な懸仏になると言われていますが、実は平安にも金銅仏が作られていますから、立体的なものも成立していただろうと思います。ただこの神像以外、類例はあまり見ないんですよね。 三神鏡像 平安時代 11世紀 銅製 縦15.0㎝ 横25.7㎝[写真:六田知弘] 釈迦如来鏡像 平安時代 11世紀 銅製 径12.4㎝[写真:六田知弘] 騎馬男神鏡像 平安時代 12世紀 銅製 径7.3㎝[写真:六田知弘] ── 金峯山出土のものは残欠のイメージが強かったのですが、見せていただいたものは状態がいいですね。 瀨谷 状態がとてもいいものがあったりしますね。奉納されて長く御堂にあったものが何らかの事情で床下に納められたりとか、いろいろあるんじゃないでしょうか。 金峯山遺物として有名な藤原道長の経筒(金峯神社蔵)が出たとされるのは元禄4年(1691)ですよね。基本は山上ヶ岳の一番上から出土しているんですが、実は金峯山寺や子守神社、神社から出たとか、いろいろ説があります。どうも見ていると、埋納されたもの以外に、比較的新しい明治の廃仏毀釈で廃棄されたようなものなど、発掘でも二手あるような気がするんですよ。誰が最初に金峯山の残欠を集めたのか。興味のあるところですね。 田島(充) 昔から好きな人はいたんですよ。 田島(整)木彫の残欠などは、昔は彫刻家がたくさん持っていました。人間国宝のさんとかたくさんお持ちでしたよね。 田島(充)澤田さんね、そうだね。 田島(整) 当時は仏師が少なかったので、彫刻家に手や足の残欠を見本で持っていって、直してもらったら、そのまま残欠はあげたりしていたらしいです。今だったらあり得ないですが。大らかな時代でしたから。 瀨谷 蒐集というよりは参考品として集めるというのはかなり早い時期からあるらしいです。江戸時代には仏師は集めていたようです。明治に入ってからも、仏像修復を行った美術院の人たちも手控で残欠を持っていました。それに数寄者も、柏木貨一郎(探古)や益田孝(鈍翁)とかですね、仏教美術を蒐集した人たちが残欠も蒐めていましたね。きっとその延長線上に、金峯山遺物の残欠を蒐めるというのが位置づけられると思います。 ロンドンギャラリー 田島充さん(左)と田島整さん(右) 瀨谷貴之さん(左) ── 最後に、残欠についてはどう思われますか? 田島(充)僕は格別残欠だからどうってことはないですね。断片であることが魅力があるかといったらそんなことはないし、そりゃあれば完璧な方がいいですよ(笑) 瀨谷 完品の方がいいですが、ものに魅力があれば。例えば仏手とかですね。残欠であってもいいということですね。 田島(充)残欠でもね、これは鑑賞できるというものであれば、理屈なしでいいんじゃないですか。 田島(整)基本的に美しいものだったら完品だろうが残欠だろうがいいと思いますね。 ── ありがとうございました。 Information 𠮷金樂石 −金峯山と山岳信仰 開催中 ~ 2025年11月01日 会場 ロンドンギャラリー六本木 住所 東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル2階 URL http://www.londongallery.co.jp/ TEL 03-3405-0168 備考 営業時間:11時〜17時 休廊日:日曜、祝日 店名 ロンドンギャラリー TEL 03-3405-0168 住所 東京都港区六本木6-6-9 PIRAMIDAE 204 URL http://www.londongallery.co.jp/ RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第6号 残欠 仏教美術のたからもの デジタル月額読み放題サービス 今特集では仏教美術の残欠を特集。 残欠という言葉は、骨董好きの間ではよく聞く言葉ですが、一般的にはあまり使われないと思います。ですが、骨董古美術には完品ではないものが多々あります。また、仏教美術ではとくに残欠という言葉が使われるようです。 「味わい深い、美しさがあるからこそ、残欠でも好き」、「残欠だから好き」 残欠という響きは実にしっくりくる、残ったものの姿を想像させます。そこで今回は、残った部分、残欠から想像される仏教美術のたからものをご紹介します。 試し読み 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 眼の革新 大正時代の朝鮮陶磁ブーム 李朝陶磁を愛した赤星五郎 History & Culture | 歴史・文化 展覧会紹介|堺市博物館 仁徳天皇陵古墳のお膝元で、幻の副葬品が初公開中! 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