40年ぶりに蘇った陽明門を拝見して デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社代表取締役社長 去る三月一〇日、日光東照宮の陽明門の除幕式に参列しました。幕が下りた瞬間、境内から一斉にオーッと言う歓声が上がり、それを見るなり、私自身涙が溢れてくる思いでした。四年に渡る長い工事を終えて、久しぶりに見る陽明門の姿はまさに絢爛豪華の一言に尽きます。やはり、陽明門は他に類を見ない程素晴らしく、見る人々に感動を与えます。 私は今年で小西美術に入って八年目となりました。勿論どの修理現場も大事で、細心の注意を払って職人に修理して貰っていますが、中でも陽明門は特別な修理工事でした。建物としてはさほど大きくありませんが、五〇八体もの彫刻が施され、全面的にこれ以上ない繊細な仕上りになっています。大きな龍の彫刻もあれば、小さな唐子の彫刻もあります。神様にご奉仕する以上、例え神様と職人にしか見えないような高い場所や人の目に触れない彫刻の裏側であっても、衣装には細かい柄が彩色され、鳳凰の彩色に至っては、本物の羽と見間違える程、羽の一本一本が極めてリアルに描かれています。 日光の彩色は当時の最先端技術を使って行われました。また、素晴らしいものを仕上げるために、日光以外では殆ど見られない最高の技術がふんだんに使われています。龍の彫刻は、江戸時代の在庫を使ったローハベンガラ漆でまず塗ってあります。普通の仕事では、例えば牡丹の彩色ならば、見える縁だけに金箔を貼りますが、日光では、漆の上に全面的に金箔が貼られます。その上に三層から七層の彩色がなされています。色を重ねることによって深みのある仕上りとなり、劣化していくに従い下の層、またその下の層、ゆくゆくは金箔などが見えてくるので、日光にしかない最高の仕上げと言われるのです。これは、日光の業者のみが経験出来る仕事です。そういう仕事は陽明門だけで五〇八体もあることによって、高度な素晴らしい技術を使う箇所が極めて多いので、日光の職人はその技術の名人となることが出来るのです。私自身、何度も社長検査のために足場に登って、人目に付かない細部に至るまでチェックをして、満足のいく形でご奉納させて頂くよう努力しております。 しかし、陽明門は技術だけでは語れません。確かに今までの日本の文化財は修理技術、職人技で語られることが多かったですが、私が新観光立国論でもご説明したように、それだけではなくて、より多面的に解説すべきであると考えます。修理技術だけでしたら、その技術が好きな人以外には響きませんし、本来の意味合いは技術よりも大事です。彫刻一つ一つには、深い意味や思想が込められています。何よりも、家康公は何百年も続いていた国内の内戦に終止符を打って、平和の世を作りたいという信念が日光で具現化されています。日光をお参りする時に、建物の美しさだけではなく、やはりその奥に秘められている思想にも触れて頂きたいと思います。そのためには、是非、表参道にある新宝物殿をまず訪れて、家康公のアニメ、家康公の生涯の解説などの情報をインプットしてから、実際にお参りされた方がもっと理解が深まるのではないでしょうか。 陽明門は建造物ですから、梅雨、夏の暑さ、冬の寒さ等の自然の影響を受けて、次第に侘び寂びになります。修理直後の今年は、最も美しい状態で陽明門を見ることが出来ますので、なるべくお早めに参拝されることをお勧め致します。 月刊『目の眼』2017年5月号 Auther 連載|ふしぎの国のアトキンソン 2 デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社代表取締役社長。元ゴールドマン・サックス証券アナリスト。1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。2009年、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社。2011年に同社長に就任。日本の文化財の価値を見いだし、旧来の行政や業界へ改革の提言を続けている。『新・観光立国論』、『新・所得倍増論』など著書多数。 この著者による記事: 御宸翰(ごしんかん)に出会う デービッド・アトキンソン 京の町家 デービッド・アトキンソン 茶の湯 デービッド・アトキンソン 日光東照宮(後編) デービッド・アトキンソン 日光東照宮(前編) デービッド・アトキンソン RELATED ISSUE 関連書籍 2017年8月号 No.491 尚 王家の末裔 野津圭子さんと歩く 琉球〜沖縄 お茶をやり出して間もない頃、茶道具の山下さんの大寄せ茶会に出かけましたら、大きな床の間にこの写真の御宸翰が掛けられていました(73頁)。まず表具に感動しました。房が付いている御軸は初めて拝見したからです。また、霊元天皇は、養母が父帝の中宮徳… 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」 東京国立博物館に蔦重の時代を観に行こう Calligraphy & Paintings | 書画 書の宝庫 日本 人の心を映す日本の書 Calligraphy & Paintings | 書画 世界の古いものを訪ねて#3 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 山田ルーナHistory & Culture | 歴史・文化 リレー連載「美の仕事」|澤田瞳子 澤田瞳子さんが選んだ古伊万里 澤田瞳子Ceramics | やきもの 茶の湯にも取り入れられた欧州陶磁器 阿蘭陀と京阿蘭陀 Ceramics | やきもの 大豆と暮らす#2 うなぎもどき|日本人と大豆の長い付き合いが生んだ「もどき料理」 稲村香菜Others | そのほか 最も鑑定がむずかしい文房四宝の見方 硯の最高峰 端渓の世界をみる People & Collections | 人・コレクション 展覧会情報 装い新たに 荏原 畠山美術館として開館 History & Culture | 歴史・文化 世界の古いものを訪ねて#4 石に囲まれた風景と、人の暮らしに根ざした歴史をたどる 山田ルーナHistory & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ③ 青磁 漢民族が追い求める理想の質感 History & Culture | 歴史・文化 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの 展覧会情報|東京国立博物館 東京国立博物館 特別展「はにわ展」|50年ぶりの大規模展覧会 Ceramics | やきもの