最も鑑定がむずかしい文房四宝の見方 

硯の最高峰 端渓の世界をみる

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このたび文房四宝を専門に扱う「冨美堂」主人・冨田淸計氏が、長年の研究と蒐集の精華をまとめた「冨美堂硯譜(ふうびどうけんぷ)」を上梓された。

目の眼も製作のお手伝いをさせていただいたおかげで、硯の名品というものの魅力の一端を味わうことができた。

今回は同書のみどころと、古硯のおもしろさを初心者にもわかるよう紹介したい。

 

 

 

■ 端渓とはなにか?

 

 「冨美堂硯譜」には文房四宝と呼ばれる文房具の名品が収められている。

 文房四宝とは、筆・墨・硯・紙という、書を書くのに欠かせない4種の文房具のこと。

 中国大陸において文字あるいは文章を記すということは自分の存在や考えを全世界に表明するもので、だからこそ大昔から人々は、この道具にこだわりを持ってきた。

 本書で充実しているのが硯、なかでも端渓(たんけい)の硯だ。

 端渓とは、中国史上最も高く評価された硯の産地で、広東省を流れる西江を遡った斧柯山(ふかざん)の裾野の渓谷で採れるという。

 端渓の硯は唐代に注目され、宋の時代には皇帝が使う硯とされて、その名品は長きにわたって受け継がれているという。

 

 

剪綃硯 端渓老坑東洞石

 

 

■ 老坑(ろうこう)の大西洞石(だいせいどうせき)

 

現地には歴代の採掘場がいくつもあるが、なかでも老坑と呼ばれる場所で採掘される硯の質が最も高く、密度が高いために磨り心地も良く、墨の発色が抜群によいとされている。

加えて素材となる石には美しい模様があらわれ鑑賞にも耐えるそうで、明代末から清代末まで盛んに採掘が続けられた。

 

冨田さんもかつて現地を訪れ名硯を訪ね歩いたそうだが、その後、老坑の採掘は清の時代の乾隆期に黄金期を迎え、このときに新しく発見された大西洞石がこれまで発掘されたものよりも抜群に素晴らしい硯になることを知り、冨田さんの目標と熱意は大いに高まったという。

 

 

乾隆御墨(朱墨)

 

 

墨がふわふわと磨れる

 

大西洞石は清末には掘り尽くされ採掘場は閉鎖されたと言われ、その本物は限りなく少ない。市場に出てくるものはほとんど贋物だそうだが、本書にはいくつもの大西洞石が掲載されている。

 

そこで他の硯とは一体どのように違うのか訊ねると、

 「石質がきめ細かくて湿潤で美しいのはもちろんそうですが、そんな専門的な視点を列挙するよりも、実際に墨を磨るとふわふわ磨れる、といったほうが初心者の方にはわかりやすいかな」という。

 

ふわふわとはどういうことか伺ってみると

「そうだねぇ、茶釜があるでしょう。鉄の釜でもいいのですが、それをあっためてね、蝋燭で磨ったような感じでしょうか」

 

それはなんとも気持ちよさそうですね、というと。

「でも硯だけではダメなんですよ」との答え。

 

冨田さんによると硯だけが端渓の良い品であってもメンテナンスがされてなければその真価は発揮されないという。

 

それには硯に合った墨で、毎日磨っては洗うという作業を繰り返していかなければならず、これを「洗硯(せんけん)」といって、日本では冨田さんだけが長年実践しているそう。

「老坑の端渓には、清代に開発された専用の油煙墨がありましてね、これで磨って絵や書を書いてみると2~3日すると色彩が変化するんです、驚くほどガラッと変わりますよ。もちろんそれにはやはり、その硯に合った紙を使わないといけないのですが……

 

たとえ書を書かずとも、硯に墨を磨ったまま放置しておくだけでも色合いが変わっていくのがよくわかるという。それを清水で軽くすすいで、水を張った桶のなかに沈め、日の下で鑑賞するのが名硯の正しい鑑賞方なのだそうだ。ただ硯の質にもよりますが、その墨だけでも1つ1020万円ほどかかる高価な品のため、一般の愛好家ではなかなかハードルが高い作業といえる。

「この洗硯を繰り返してるとあっという間に時間が過ぎて歳取っちまう」と冨田さんは笑うが、過去の文人たちもそのような悠久の時を過ごしていたのだろうか。中国文化の雄大さが感じられるエピソードだった。

 

本書では、冨田さんが日頃からメンテナンスを行い、最適な状態で撮影しているため、どの硯もつやつやと輝いている。興味のある方はぜひご一読いただきたい。

 

▷お問合せは冨美堂まで http://www.fubido.com/

 

 

著者の冨田淸計さん

 

 

 

天成硯  清代 端渓老坑三層石  名材

 

 

 

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本記事は10月15日に配信された『目の眼 電子増刊第0号』(目の眼倶楽部デジタルプランの限定配信)に掲載されております。

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