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旅のアンテナ修行

永松仁美

昂KYOTO店主

旅のアパルトマンにて

ようやく日常の落ち着きを取り戻す如月。

 

今年も心身共に新たなるスタートを迎えるに相応しき時の中に私は立っています。

有り難くも歳を重ねたアンテナは少々つまらぬ出来事には鈍感に、風の冷たさの中に香る春の兆しや、巡る四季の存在はより敏感にと人生航路は愉しきレーダーのみ都合よく感知してくれる様になって参りました。

 

そんな私にとってのアンテナ修行それは旅です。

五感を刺激し自身の未熟さを知り活力に変える糧となり、また頑張りに繋げるのです。

ついこの間まで新幹線の切符の買い方さえ分からなかった私に十数年かけて旅の本質というものを娘の様に共に旅をしながら教えて下さったご夫妻の存在がなければ今の私はありませんでした。

 

元編集者の82歳(当時)のご主人をいつからか父さんと呼び、年に2回長期滞在されるフランスへ買い付けのため合流するという有難いルーティーンが始まりました。

決して贅沢でも無く、特別な事も無く、なのに宝石のようなかけがえの無い豊かな時間の過ごし方というものを父さんから私は学んだのでした。

ただ見たい買いたいだけの時間に追われる旅では無く、その地を時間をかけて知り楽しみながら溶け込んで行くとでも言いましょうか。

常宿のキッチン付きアパートメントホテル、毎朝食べるお気に入りのヨーグルト、すっかり馴染みのカフェやビストロ、散歩道、道行く人をただ眺めながらの昼からワイン。

散歩ついでにいつもの商店街で食材を手に入れ料理はもちろん父さんです。私たちが寒い買い付けから帰ってくれば暖かい夕飯ができているのです。美味しいワインとパンとキッチンに立つ父さんの背中と皆が会話します。

 

「父さん座って」なんて言ったら怒られます。

パリに住む私の友人も迎え、年齢を超え知らない時代の話に耳を傾け、涙あり笑いありと語り合える環境がどれだけ貴重でそれぞれの出来ることを思い合う共同の時間、ほろ酔いの父さんの口癖は

「何事も自分の足で訪ね目で見て現地の空気を感じ、分からない事は確認し記録しておくんだ」

と。自分の足で、眼で、情報を収集した時代の元編集者の生きた言葉です。

 

出来る限り本物の風を体感した確信に勝るものはありません。そしてそれは自信へと変わるのです。

私のアンテナの修行は旅となりました。

現在父さん93歳。

未曾有の流行り病で大好きな旅はお預けだけど電話口から聞こえる声は相変わらずです。

 

*永松仁美さんの連載「京都女子ログ」は『目の眼』2023年1月号〜2024年10月号まで掲載。過去のコラムはこちらからご覧いただけます。

月刊『目の眼』2024年2月号

Auther

コラム|京都女子ログ

永松仁美(ながまつひとみ)

1972年京都生まれ。京都・古門前の骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年、祇園に移転しアンティーク&ギャラリー「昂KYOTO」をオープン。

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