みんな知っているもの|大英博物館三菱商事日本ギャラリーのいちばん人気アイテム 矢野明子 大英博物館アジア部三菱商事キュレイター 今さらと思うなかれ、大英博物館三菱商事日本ギャラリーのいちばん人気アイテムは、甲冑である(画像)。これを目指して日本ギャラリーに足を運ぶ人は多い。 写真 : 「紺糸威二枚胴具足」絹、皮、金属、漆など、江戸時代(18世紀)、 大英博物館蔵(2017,3024.1.1-14)。© The Trustees of the Britis 集客効果が高いので、日本ギャラリーの館内ポスターやバナーにもなっている。甲冑とあわせて江戸時代の太刀や短刀、刀装具、鐙、陣羽織なども一緒に展示されていて、平穏な時代の武家の美意識をかいま見るにはうってつけだ。 人気があるということは、サムライへの関心が高い証拠だ。世界中の人々の頭の中に何かしら日本の「サムライ」に対するイメージが存在するというのは、なかなか驚くべきことである。でもそのイメージの生成をうながす情報源が、必ずしも歴史についての知識でないことのほうが多いのは、海外と日本とを問わず似たような状況ではないだろうか。しかもサムライに分類される人たちが生きていた時代とひと口に言っても、彼らの社会的役割は変化していったし、その職業身分が廃された後もイメージはさまざまな付加価値をまとって発展し続けてきた。 サムライという複雑な存在を大胆にすくい上げ、作られたイメージと現実のどちらにも目を向ける特別展「サムライ」が、来年春から当館で開催される。同僚学芸員ロジーナの企画を乞うご期待。しかしサムライが何たるか誰もがある程度知っているということは、逆手にとれば先入観があるということだ。個々人の、しかも多くの場合「熱い」思い入れを脱構築するのは、企画する側にとってはかなり難易度が高そうだ。 それにしても、日本の甲冑というのは機能メインの精巧で美しい工芸品である。多種の材料を特質によって組み合わせ、用途にかない、色味などの装飾性で美意識を表す。各所に鶴丸紋が表されたこの甲冑は、江戸時代に赤穂や三日月藩の藩主だった森家の伝来といい、箱と采配まで一具が揃って現在にまで伝わる優品である。皮肉にも戦に臨むことのなかった武具ではあっても、堂々と威圧感のあるたたずまいで今日見る人にも強い印象を残す。 《大英博物館 展覧会情報》 「広重—旅の画家」第35室、2025年9月7日まで(有料) 「古代インド—生き続ける伝統」第30室 2025年10月19日まで(有料) 定期公開「伝顧愷之筆・女史箴図」第91a室 2025年7月14日〜8月25日まで(無料) 『目の眼』2025年8/9月号 連載コラム「てくてく大英博物館」 Auther コラム|てくてく大英博物館 矢野明子/Akiko Yano 大英博物館アジア部三菱商事キュレイター(日本コレクション)。津田塾大卒。慶應義塾大学院で博士号取得(日本美術史)。ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院(SOAS)研究員をへて、2015年10月から現職。 この著者による記事: RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2025年8・9月号No.582 古美術をまもる、愛でる 日本の古美術には、その品物にふさわしい箱や仕覆などを作る文化があります。 近年では、そうした日本の伝統が海外でも注目されるようになってきましたが、箱や台などをつくる上手な指物師、技術者は少なくなっています。 そこで今回は、古美術をまもる重要なアイテムである箱・台などに注目して、数寄者のこだわりと制作者たちの工夫をご紹介します。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 源氏モノ語り 秘色青磁は日本に来たか Ceramics | やきもの 『目の眼』リレー連載|美の仕事 橋本麻里さんが訪ねる「美の仕事」 大陸文化の網の目〈神 ひと ケモノ〉 橋本麻里People & Collections | 人・コレクション 骨董の多い料理店 進化しつづける「獨歩」の料理と織部の競演 Ceramics | やきもの 日本橋・京橋をあるく 特別座談会 骨董街のいまむかし People & Collections | 人・コレクション 骨董ことはじめ② めでたさでまもる 吉祥文に込められたもの History & Culture | 歴史・文化 花あわせ 心惹かれる花は、名もなき雑草なんです 池坊専宗Vassels | うつわ 展覧会レポート|泉屋博古館東京 “物語(ナラティブ)”から読み解く青銅器の世界 Others | そのほか 秋元雅史(美術評論家)x 北島輝一(ART FAIR TOKYOマネージングディレクター) スペシャル対談|アートフェア東京19の意義と期待 People & Collections | 人・コレクション 台北 古美術探訪|国立歴史博物館 歴史と古美術を満喫、台北「国立歴史博物館&植物園」を探訪 History & Culture | 歴史・文化 骨董ことはじめ⑥ 骨董ビギナー体験記|はじめて骨董のうつわを買う Others | そのほか 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの 展覧会紹介 世界有数の陶磁器専門美術館、愛知県陶磁美術館リニューアルオープン Ceramics | やきもの