蝶の博物画集 | 飛翔を夢みる南方の蝶 桑村祐子 高台寺和久傳 女将 ここ数年のこと、北白川周辺の疎水に蛍が戻り、冷光をもとめてはそぞろ歩きをするようになりました。 ある年、ブラジルからの客人方をお誘いして蛍を訪ねた時のこと、その礼節正しき日系の人は「祖父母が見た蛍」と呟いて、すっと黙礼をされました。傍らにいた友人達も、点いては消える柔らかい光が、水面に映るのを追いながら、思い思いの時を共にしたのを思い出します。 梅雨を前にして、訳もなく滅入る気持ちを雨の日の蝶になぞらえて、ひとり遊びのように掛けるのが蓮月の軸です。三百余年前の『拾遺都名所図会』にはすでに記述があるという北白川別当町の雲居山心性寺。今はなきこのお寺に、四人の子と二度夫を亡くして出家した大田垣蓮月尼は、侍童として預かっていた富岡猷輔(後の鉄斎)を付き従えて、1856年に寄寓していたとききます。 蓮月は、荘子に着想を得てこう詠みました。 うかれきて 花野の露に 眠るなり こは誰が夢の 胡蝶なるらむ 春の花に誘われ、ひらひらと舞う蝶。雨が降ると、翅を閉じて雨宿りをします。蝶になり野に遊ぶ夢か、蝶の見る夢の中に自分がいるのか。 京都で本業を隆盛にしながら蝶の研究者、そして写真家としても名を得た友人が、アマゾン川の奥深くまで分け入り、ただただ蝶の姿だけを追い続けた時の話と重なります。今は病床に伏され、陰ながらご快癒を祈念することしかできず心苦しく思っていたところ、それを耳にした、かのブラジルの友が、お見舞いにと一冊の本を託してくれました。 「LEPIDOPTEROS DO BRASIL」ブラジルアマゾンは、宝石のように青く輝くモルフオ蝶をはじめ、独特の生態や美しさをもつ蝶たちの宝庫です。古くから競って図鑑が編集されてきましたが、中でもこれは、1905年ベルギーで印刷が施され、学術的美術的価値を究めてつくられた、貴重なる一冊です。 今も博物画の色鮮やかに古書の魅力をたたえた異国の本を、身近に眺めていただけるよう、美しい蝶の頁を継ぎ色紙の軸に仕立てようかと思いが巡ります。 未だ見ぬ方からの心温まる贈り物として、お届けする日が何とも待ち遠しいこと。そろそろ今年も梅雨に入ります。熱帯雨林の蝶はどんな夢を見るのでしょうか。 月刊『目の眼』2013年6月号 Auther 桑村祐子(くわむら ゆうこ) 高台寺和久傳 女将。京都の丹後・峰山で開業した料理旅館をルーツとし、現在は高台寺近くに門を構える料亭の女将として和の美意識を追求している。「心温かきは万能なり」が経営の指針。 この著者による記事: 着ることでしかわからない着心地 桑村祐子 雪持笹の火鉢 | 火のおもり 桑村祐子 耕牛図 村上華岳 作 | 徒然なるままの夏の一日 桑村祐子 無題 Conrad Jon Godly 作 | 夏の京都から スイスの高嶺を思う 桑村祐子 氷柱箱 | 涼やかな「かほり」の一滴 桑村祐子 風の環 武藤 順九 作 | 果てしなき時を内包する大理石のメビウス 桑村祐子 菓子器 川真田克實 作 | 名残の椿を慈しむ 早春のしつらい 桑村祐子 RELATED ISSUE 関連書籍 2013年12月号 No.447 浄土の風景 當麻曼荼羅から平等院鳳凰堂へ 仏が住まう清浄な世界として人々が祈り、あこがれた浄土。それはどんな風景をしているのでしょうか。人々は浄土のイメージを絵画、彫刻、建築、庭園で数多く表現してきました。今秋、サントリー美術館で開催される平等院鳳凰堂修理完成記念「天上の舞 飛天の美」展を機に、人々の浄土への夢が生み出した美を平等院の全面協力でご紹介します。 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 煎茶と煎茶道 日本人を魅了した煎茶の風儀とは? History & Culture | 歴史・文化 スペシャル鼎談 これからの時代の文人茶 繭山龍泉堂 30年ぶりの煎茶会 龍泉文會レポート People & Collections | 人・コレクション 夏休みにおすすめ! 古代ガラスの展覧会 Ornaments | 装飾・調度品 骨董・古美術品との豊かなつきあい方① 自分だけのコレクション、骨董品との出会い方「蒐活」編 Others | そのほか 眼の革新 時代を生きたコレクターたち 青柳恵介People & Collections | 人・コレクション Book Review 会津に生きた陶芸家の作品世界 Others | そのほか 古美術店情報|五月堂 東京・京橋から日本橋へ 五月堂が移転オープン Others | そのほか 超! 日本刀入門Ⅰ|日本刀の種類について解説します Armors & Swords | 武具・刀剣 2023年8月号 特集「猪口とそばちょこ」 不思議に満ちた そばちょこを追って Vassels | うつわ ビンスキを語る ビンスキは どこからきたのか 〜その美意識の起源を辿る History & Culture | 歴史・文化 連載|辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂KYOTO) 辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ「志野茶碗」(後編) Ceramics | やきもの 東京アート アンティーク レポート#2 いざ美術店へ |「美術解説するぞー」と行く! 鑑賞ツアー レポート Others | そのほか