無題 Conrad Jon Godly 作 | 夏の京都から スイスの高嶺を思う 桑村祐子 高台寺和久傳 女将 車窓から見渡すと、大きな雪山が途切れることなく峰を連ねています。そびえる山々が目の前にある、それだけで胸が熱くなりました。スイスを鉄道で旅した時のことです。 気ままな独り旅で、人目を気にせず居られたからでしょうか、山と自分が二人きりで向き合っているような錯覚と高揚感はさめることがありませんでした。白い絶壁を茜色に染める落陽を追いながら、山々との心が洗われるような清談のひと時は、いつも心地よく思い出されます。 京都は古い山に囲まれたすり鉢の底のような盆地。時折、風や水の流れが塞き止められたような息苦しさを覚えることがあります。そのような時は、北山、愛宕、比叡を仰ぎ、それぞれの山頂で絶えず祈りが捧げられていることで、目に見えないものに護られていることを思います。 頼山陽の旧宅が残る丸太町橋のあたりから見る如意ヶ嶽が、大の字を抱いて紫色に映えることにも気持ちが安らぎます。昔から変わらないといという何気ない安心感に、毎日が助けられているのかもしれません。 スイスと京都、山の印象は対照的でも、そこに暮らす人々の山への思いは似ている気がします。 まだ旅の余韻が残る頃、偶然京都を旅するスイスの方と知り合いました。その方は、スイス最古の街クールに住む画家で、世俗を遠ざけ晴耕雨描の日々を おくられているとのこと。長年ニューヨークで写真家として活躍されていたのですが、都会の喧騒を避け、素朴で美しい自然に囲まれた郷里に戻られたそうです。 以来、何年もの間、ただ山の絵ばかりを描き続けているというアルプスの文人です。 山の絵を注文するために、画家のアトリエを訊ねた時のこと、ゆっくりと丁寧に、それは美味しい緑茶を淹れてくださいました。一口いただくと直ぐに伝わってくる心のこもった風味。 一服のお茶に、これほど「こころ」を感じた経験は初めてのようにさえ思えました。そこは、時間の流れを変えることのできる清き山居なのです。 大文字の送り火を迎える八月の夏座敷の床の間には、遠いアルプスの山を見立てます。雪解けの水を汲み、仙人のように暮らす友を思いながら、水出しの玉露で一服。互いの無病息災を祈ります。 月刊『目の眼』2013年8月号 Auther 桑村祐子(くわむら ゆうこ) 高台寺和久傳 女将。京都の丹後・峰山で開業した料理旅館をルーツとし、現在は高台寺近くに門を構える料亭の女将として和の美意識を追求している。「心温かきは万能なり」が経営の指針。 RELATED ISSUE 関連書籍 2013年8月号 No.443 稀代の美術商 戸田鍾之助を偲ぶ 車窓から見渡すと、大きな雪山が途切れることなく峰を連ねています。そびえる山々が目の前にある、それだけで胸が熱くなりました。スイスを鉄道で旅した時のことです。 気ままな独り旅で、人目を気にせず居られたからでしょうか、山と自分が二… 雑誌/書籍を購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション 連載|美の仕事・茂木健一郎 テイヨウから、ウミガメに辿りついたこと(壺中居) Ceramics | やきもの 眼の革新 大正時代の朝鮮陶磁ブーム 李朝陶磁を愛した赤星五郎 History & Culture | 歴史・文化 TSUNAGU東美プロデュース 古美術商が語る 酒器との付き合い方 Vassels | うつわ 稀代の美術商 戸田鍾之助を偲ぶ People & Collections | 人・コレクション 骨董の多い料理店 目利きの京料理人|ごだん宮ざわ Vassels | うつわ 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) Ceramics | やきもの 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの 眼の革新 時代を生きたコレクターたち People & Collections | 人・コレクション 連載|真繕美 唐津茶碗編 日本一と評される美術古陶磁復元師の妙技1 Ceramics | やきもの 昭和時代の鑑賞陶磁ブーム 新たなジャンルを作った愛陶家たち People & Collections | 人・コレクション 超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります Armors & Swords | 武具・刀剣