2023年8月号 特集「猪口とそばちょこ」

不思議に満ちた そばちょこを追って

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2024年12月15日配信の最新刊「目の眼 電子増刊1号」では湯呑を取り上げ、お茶やコーヒー、果ては酒器まで万能に使えるうつわを紹介しているが、そばちょこもまた昔から汎用性の高いカップとして愛用されてきた。

ここでは2023年8月号の特集から、そばちょこのニューワールドを感じさせてくれるユニークなコレクションをご覧いただきたい。

 

インタビュー:砂の器(コレクター・インフルエンサー)

 

 

 

 

── インスタグラムを拝見してますと、昨年の取材時からさらにコレクションが増えているようですが、そばちょこはいくつくらいになりました?

 

砂 実は数えたことがありません(笑)。数を集めることが目的ではないのですが興味が尽きなくて先日も買ってしまいました。

 

 

── 骨董歴5年で、どうしてこれほどユニークなそばちょこコレクションが形成されたのか教えてください。アートに関わるお仕事が関係しているのでしょうか?

 

砂 昔から美術は好きで、今も仕事にしているほどです。20代の頃、紆余曲折あって仲間と「ヒマな店」というコンセプトで始めた飲食店が、毎月雑誌に紹介されるほどの人気店に成長したんです。そうしたらそちらの世界で忙しくなってしまい、思うところあって39歳で店を閉め、文化庁の助成を受けて1人でNYへ渡りました。NYに住みながらも仕事でいろいろな国への旅暮らし。楽しかったのですが、大変でした。その後結婚して、子供ができたことがきっかけで日本に戻りました。それが2017年頃かな。少々前置きが長くなりましたが(笑)、夫婦で子育てに専念しているうちにコロナ禍となり、予期せぬ空白の時間ができたんです。外出もできなかったので、せめて家庭での食事を充実させようと、うつわでも買おうかなと思ったのがきっかけですね。私は蕎麦好きだったので、そばちょこのカッコイイのが欲しいな、とペアで買ったのが最初です。

 

 

── 近くに骨董屋さんがありましたか?

 

砂 いえ、当時住んでいた目黒は骨董空白地帯でしたのでヤフオクです。1個3千円くらいだったかな。桜の絵だったのですが、花が圏線からはみ出したユルい絵付けで「これが狙っての技なら高度なアートセンスだな」とおもしろく感じました。そこからいっぺんにハマって、気づいたら半年間で3百個ほどになってました。

 

 

 

 

 

── 購入は主にネットで?

 

砂 ネットでも買いましたが、骨董市や、出先で知らない骨董店に入って買うようにもなりました。好みが合うお店でたくさん買っているうちにご主人と親しくなって名品を紹介していただくようにもなりました。コンニャク印判の鼠大根は蒐め始めて2ヶ月くらいに買ったものですが、軽自動車くらいの値段だったので驚きました。興味を持ってからは、そばちょこに関する書籍や図録は手に入る限り読みましたので、高価なものもあると知りましたが、私の好みはそうしたランキングから外れるものが多いので、基本的に安いものばかりです(笑)。

 

 

 

 

── 今回撮影させていただいたのはコレクションのごく一部ですが、単色のパステル調のものや、エラーコイン的な絵付のミスとか、ユルさが味になってるものなど、砂の器さんの好みがよく反映されていますね。

 

砂 何十年にもわたる研究資料や評価の変遷はそばちょこの歴史です。歴史を知れば想像のパースペクティブが広がるので蒐集に役立ちますが、それと私の好みは別ものです。逆に言えば私の好きなタイプのそばちょこは、老舗や大店の古美術店にはまず置いてないでしょう。そこを開拓していくのが愉しみでもあります。

 

 

 

 

── そうした砂の器さんの好みが、インスタグラムなどで発信されて、いまの若い愛好家たちに影響を与えていますね。

 

砂 最近、いろんな方から会いたいですとか、研究会に入りませんか、といったお誘いを受けます。それも素晴らしいことですが、でも私がインスタグラムで発信しているのは「こんなおもしろいもの見つけたよ!」という報告と共感できたらいいなという思いであって、何かを布教しようという意図はありません。それよりもっと個人的、内面的な養生のためなんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

── たとえば本誌5月号で紹介した杉本博司さんや村上隆さんは、蒐集した古美術から受けるエッセンスを自身の創作の糧としていますが、それとも違いますか?

 

砂 私の場合は、ひたすらおもしろがったり、尊敬したりしてます。しかし心持ちとしては絶対座標というか、このそばちょこ作りのような原点に立ち返りたいなぁ、と常に自戒しています。たとえばそばちょこは民藝の代表としても語られていて、職人は己を無にして描いてるとよく言われますが、実際はなにも考えてないわけでも、学がないわけでもない。もちろん無垢でもない。かなり高度な絵画的表現を試している人がいてびっくりします。数百年前の大量生産品を作る職人がここまでの表現をするのか、という出逢いがあります。あまりの斬新さにこちらが恥ずかしくなる時があるほどです。

 

その一方で、めんどくさくて文様を書き飛ばしちゃったりとか、絵付のミスしたものを商品として堂々流通させている、人間くさく微笑ましい人もいます。絵描きというものは普通、描きたいとか、褒められたいとか、上手くやりたいという気持ち、そして夢や野望を作品に込めて描いています。しかしこうしたそばちょこには一切の力みも熱もない。私から見たら、それは驚異的なことなんです。この幅広さはなんだろう、という驚きと感動。そんな世に2つとないものを見つけるとつい買ってしまって、みんなに見せたくなる。それがそばちょこを買い続ける理由ですね。

 

でも、いろいろ言いましたが、やっぱりカワイイ、カッコイイ、キレイ、オモシロイ、が好奇心を刺激するというのが本当のところです。いまはそばちょこ以外にも、唐津や美濃、デルフトなど興味はどんどん広がっていますが、そばちょこはたぶん、一生追いかけ続けるんだろうな、と思います。

 

 

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