オークション紀行|Provenanceの重要性 大聖雄幸 大聖寺屋代表 写真╱美術商やコレクター、Oriental Ceramic Societyの展覧会などのProvenance(来歴)を示す陶磁器の高台に貼られたラベル。 オークションにおいてProvenance(来歴)は、増加の一途をたどる贋作や複製品と真作を選別するための一つの要素として、近年ますます重要になってきている。 日本や中国には先人の名作を模倣することで、技術の向上を図るという伝統があり、また敬重の念から写し物を作り伝承してきた歴史がある。その歴史的背景から、制作する側も鑑賞する側も写し物を容認するという土壌が形成されてきた。しかし、当時としては「似せもの」とも言うべき写し物が、今日に至り「偽もの」となり市場を混乱させる一因となっている現状がある。そして、それ以上に意図して作られた精巧な贋作の急増が、昨今の中国美術市場を腐敗させる大きな要因となっている。 実はそうした状況は今に始まった事ではなく、明時代末期の中国でも起きていた。古代中国において書画骨董は「文房清玩」といって、士大夫(当時の支配階級)がその趣味に応じて書斎に置き愛玩する為のものであった。ところが、明時代末期になると「士大夫」と「庶民」の区別が曖昧になり、多くの庶民が書画骨董市場に参加したことで、空前のブームが巻き起こった。それはすぐに投機の対象となり、大コレクターが多数輩出されるとともに、大量の贋作が出回る事態となったのである。当時の様子を描いた書物として、明時代末期の人物である姜紹書が著わした『韻石斎筆談』巻上の「定窯鼎記」がある。そこでは商業化の進展により市場が拡大したことで、芸術品への需要が高まり、古陶磁の複製品の需要が大きくなる過程で、精巧な複製技術が贋作を生業とする商売へと発展してゆく様子を描いている。 歴史は繰り返し、現在の中国美術市場も当時に近い状況となっている。昨年10月のNew York Timesの記事によると、2008年から2011年の間に中国政府は、国内150のオークションハウスのライセンスを剥奪および停止処分にした。その中には、贋作の取引を理由とすることも含まれていると伝えている。また、同誌は河北省の個人美術館が所蔵する約40,000点の作品ほぼ全てが贋作と判断され、昨年6月に当局によって閉鎖させられた事例も取り上げている。これらは極端な例ではあるが、急成長を遂げた中国美術市場の問題点を浮き彫りにしている。 そうした中、長い年月知られてきた、あるいは専門家により精査されてきたという安心感から、名門コレクターや美術館のProvenanceを有する作品への需要が高まっている。特に鑑賞陶磁器は欧米を主導とした市場が形成されたこともあり、欧米のコレクションはより高い信頼性が期待されている。そして、その需要に応えるかのように、この数年間にArthur.M.Sackler(USA)、Carl Kempe(Sweden)、R.F.A.RIESCO(England)、the Meiyintang Collection(Switzerland)など欧米から数多くの一流コレクションがオークションに出品され、良い結果を残している。 Provenanceは決して実際の鑑識眼にかなうものではないが、昨今市場に溢れる贋作から真作を選別する上で、有用な手掛かりの一つとなる。 目の眼2014年6月号 Auther オークション紀行 第3回 大聖雄幸 大聖寺屋代表。大阪の老舗茶道具商で修業後、東京にて東洋陶磁器を中心に取り扱っている。 この著者による記事: RELATED ISSUE 関連書籍 2014年6月号 No.453 日・台美術交流!台北 故宮博物院の名宝をみる アジア初となる「台北故宮博物院」展が6月から11月にかけて、東京国立博物館、九州国立博物館を巡回します。目の眼では6、7月号2号連続で、展覧会に合わせて中国美術のみどころを紹介します。台北故宮博物院を訪ね、その魅力をリポート。台北市内の古美術事情もご案内します。 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 2023年8月号 特集「猪口とそばちょこ」 不思議に満ちた そばちょこを追って Vassels | うつわ 展覧会紹介|荏原 畠山美術館 畠山即翁×杉本博司 数寄者の美意識を体感する People & Collections | 人・コレクション TSUNAGU東美プロデュース 古美術商が語る 酒器との付き合い方 Vassels | うつわ 企画展紹介|ザ・プリマ・アートセンター(韓国) ソウルに新たな美術館 誕生 THE PRIMA ART CENTER Ceramics | やきもの 骨董ことはじめ⑥ 骨董ビギナー体験記|はじめて骨董のうつわを買う Others | そのほか 小さな煎茶会であそぶ 自分で愉しむために茶を淹れる 佃梓央前﨑信也History & Culture | 歴史・文化 夏休みにおすすめ! 古代ガラスの展覧会 Ornaments | 装飾・調度品 夏酒器 勝見充男の夏を愉しむ酒器 Vassels | うつわ リレー連載「美の仕事」|澤田瞳子 澤田瞳子さんが選んだ古伊万里 澤田瞳子Ceramics | やきもの 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(2) 新井崇之Ceramics | やきもの 羽田美智子さんと巡る、京都の茶道具屋紹介 茶道具屋さんへ行こう Vassels | うつわ 展覧会紹介|東京ステーションギャラリー 世界を旅するインド更紗。時を超えて愛される文様と色彩の物語 Ornaments | 装飾・調度品