展覧会紹介|大英博物館

なぜ世界はサムライを求め続けるのか?[ロンドン・大英博物館「Samurai」展]

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いま、世界のエンターテインメントシーンにおいて、サムライを題材にした物語はかつてないほどの熱量で迎え入れられている。配信サービスを通じて国境を越える映像作品の中で、彼らが繰り出す鮮烈なアクションや、独自のスタイルは、多くの人々の心を掴んで離さない。

 

 

 

 

 

 

こうした「サムライ熱」は、ここロンドンにおいても例外ではない。しかし、世界がこれほどまでに熱望する「サムライ」の正体とは、果たして何なのか。単なる剣豪としての格好良さなのか、あるいはそれ以上の「何か」が隠されているのか。その実像を、当の日本人である私たちはどれほど正しく認識できているのだろう

 

 

 

 

 

 

大英博物館で開催される特別展「Samurai」は、ステレオタイプなイメージを解体し、1000年にわたる歴史の中で変容し続けてきた武士の真の姿を再発見させる展覧会である。なぜ世界はサムライを求め続けるのか。本展は世界が抱く憧れの正体を歴史に則って再定義させるとともに、日本人にとっても自国の文化を全く新しい視点で見つめ直させてくれる機会となりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

出陣の夜明け。精神を包み込むインスタレーション

 

会場に足を踏み入れてまず心を奪われるのは、そのドラマチックな演出だ。展示室を進むと、突如として出陣の夜明けを思わせるような、ブルーとピンクのグラデーションに包まれた幻想的な空間が現れる。そこには馬の駆ける音や刀が交わる音が響き、私たちの意識を瞬時に1000年の時を遡った戦場へと誘う。

 

 

 

 

 

 

古来、戦の始まりは「明け六つ」の刻限(およそ午前6時)がふさわしいとされてきたそうだ。夜が明け、世界が光を取り戻していく瞬間の、あの凛とした、しかしどこか不安を孕んだ静寂。この光と音の空間は、単なる武器や甲冑の陳列を超え、戦いの直前の静けさや、死を覚悟した者の澄んだ精神状態を、観客に肌で感じさせる。

 

 

 

 

 

 

その精神性を象徴する存在として、日本では刀が特別な意味を持ってきた。それが単なる武器ではなく、魂を宿すもの、持ち主の人格を映す鏡とされてきたことは、よく知られている。

 

甲冑や刀剣は、外へ強さを示すための装備である以上に、自らの内面を律するための「拠り所」のようなものだったのではないか。夜明けのような光の中に並ぶ姿を見ていると、かつての侍たちが何を大切にして生きていたのかが、理屈抜きにスッと伝わってくるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会階級としての武士。外交と「女性」の覚悟

 

欧州の地で描かれた支倉常長の肖像画も印象的だった。

 

1613年、伊達政宗の命を受けてローマへと渡った支倉常長。現地の絵師の手によって油彩で写し取られたその姿は、当時の日本が世界といかに密接に、そして果敢に繋がろうとしていたかを今に伝えている。彼らが早い段階から世界の潮流の中に身を置いていたことを示す肖像として、本展においても「社会における武士」を考える上で欠かせない存在だ。

 

 

 

 

 

 

社会における武士像。展示はそこを深掘りするように、徳川家康による統一後の「泰平の世」にフィーチャーした空間へと移る。ここでは武士が戦士から、官僚や行政官という「社会階級」へと固定されていく過程が描かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

この「階級としての武士」に女性が含まれていたという事実も興味深い。実のところ、武士階級の半分は女性が占めており、彼女たちは家政を司るだけでなく、時には武器を手に戦う「女武芸者」としての覚悟も持っていた。

 

 

 

 

 

 

しかし近代化の過程で、彼女たちの勇猛な実像は「良妻賢母」という型の中に再解釈され、整理されていった。本展は、私たちが抱いているサムライ像が後世の取捨選択によって形作られたものであるという事実を、客観的に示している。

 

 

 

 

 

 

焼き物が語る「武」から「風流」への変容。憧れの唐物など

 

また展示全体を通じて、磁器や陶器が放つ存在感は圧倒的だった。骨董に親しむ読者には馴染み深い名品も多いが、本展ではそれらが武士の地位や正統性を象徴する道具として位置づけられている。

 

たとえば「Objects of desire(憧れの対象)」として並ぶのは、かつて武将たちが権威の象徴として追い求めた品々だ。大英博物館が誇る膨大な日本コレクションの中から、1300年代の中国で作られた龍泉窯の青磁といった「唐物」への根強い憧憬がある一方で、茶の湯の精神性の中で重用された、備前焼の水指のような「和物」が放つ作為のない力強さも対置されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、徳川の時代を象徴するのが、将軍家への献上品としてのみ作られた最高峰の磁器、鍋島焼だ。1700年前後に焼かれたその皿には、鮮やかな赤いケイトウの花が描かれている。戦場から離れ、世を治める官僚へと姿を変えた武士にとって、こうした質の高い調度品を揃え、風流な会合(Elegant gatherings)を愉しむことは、自らの家格と洗練を示すための重要な営みであった。同館の所蔵品を中心としたこれらの変遷は、武士の役割が「武」から「風流」を解する文化人へと移行していく過程を如実に物語っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1869.THE SAMURAI CLASS IS ABOLISHED.

 

展示は終盤、一つの時代の終わりを告げる象徴的な空間へと至る。黒い壁に赤いネオンで刻まれた鮮烈な言葉。「1869. THE SAMURAI CLASS IS ABOLISHED.(1869年、武士階級は廃止された)」

 

 

 

 

 

 

1869年、戊辰戦争の終結とともに、武士という制度はその歴史に幕を下ろした。1876年には「廃刀令」が下され、かつて人格の象徴であった刀を腰から外すことを余儀なくされる。それは、1000年続いた武士という存在の死であった。

 

 

 

 

 

 

しかし、本展が描き出すのは悲劇だけではない。制度としての武士が消滅したその瞬間から、サムライは不滅の「神話」へと転生を遂げたといえよう。失われたからこそ理想化され、私たちの想像力の中で無限に更新され続ける存在。1869年は終わりではなく、世界へ向けて「SAMURAI」という概念が飛び立つ夜明けでもあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ダース・ベイダーなど、現代のポップカルチャーへ

 

展示のラスト、歴史の層を突き抜けた先に待っているのは、現代の想像力を刺激し続ける「SAMURAI」の姿だ。

 

映画『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーのヘルメットが、日本の甲冑から直接的な影響を受けていることは有名な考察だが、展示室で実物と対峙すると、その時代を超えたデザインの力強さに改めて圧倒される。また、マンガやアニメ、最新のビデオゲームに至るまで、サムライの意匠は形を変え、世界中で増殖し続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

その熱狂は、展示室を出た後のミュージアムショップにも続いていた。大英博物館らしいウィットに富んだオリジナルグッズの数々に、多くのイギリス人が熱心に足を止めている光景が印象的だ。歴史を学ぶだけでなく、その断片を日常に持ち帰ろうとする彼らの姿に、サムライというアイコンがいかに現代のロンドンに根付いているかを実感させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドンで再発見する新しいサムライ像

 

日本の展覧会であれば、おそらくは「歴史の正史」を厳かに追うところだろう。しかし本展は、鮮烈な映像展示やインスタレーションを大胆に取り入れ、サムライがどのように世界に受け入れられ、神格化されていったかという「変容のプロセス」そのものを、一つのエンターテインメントとして提示した。

 

高度なエンターテインメント性と学術的な裏付けが同居する本展の視点は、日本との長い交流の歴史を持ち、膨大なコレクションを有する大英博物館だからこそ成し得たものだろう。

 

 

 

 

 

 

見慣れていたはずの思想が、異国の洗練された文脈の中で新鮮に、時にお洒落にすら映る。その違和感と発見のあいだに、日本人が本展を鑑賞する意味を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

冒頭の問いに戻ろう。「なぜ世界はこれほどまでにサムライを求め続けるのか」。その答えは、彼らが単なる武力の象徴としてではなく、過酷な時代を「どう生きるか」という普遍的な問いに対し、自らの美学と倫理を持って答えようとした存在だからではないだろうか。

 

本展が単なる歴史の陳列に留まらず、これほどまでに現代的な熱量を持って構成されていること自体が、その不滅の魅力を証明しているといえよう。

 

 

 

 

 

 

海外のまなざしによって鮮やかな輪郭を与えられたサムライ。その姿は、私たち日本人にとっても、自らのアイデンティティを誇らしく再発見させてくれる場となるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

Information

「Samurai」展

会期

2026年2月3日(火)-  2026年5月4日(月・祝)

会場

大英博物館 セインズベリー展示ギャラリー(ルーム30)

住所

グレート・ラッセル St. ロンドン WC1B 3DG, UK

URL

Auther

山田ルーナ

在英ライター/フォトグラファー

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