世界の古いものを訪ねて#11 ロンドンのクリスマスより。戦後から続く街で一番控えめなツリー RECOMMEND ロンドンのクリスマス。きらきらとした街を宝石を眺めるような気持ちで歩くと、鏡に映る私と同じようにワクワクソワソワした表情の人々とすれ違います。イルミネーションの下をくぐるロンドンバスも、アドベントカレンダー仕様になったフォートナム&メイソンも、全部スペシャル。みんな楽しそうに笑っている、幸せなシーズンです。 そんな幸せな季節だから、やはり少しでも長く味わいたいのでしょうか。11月に入る頃には、ロンドンはすっかりクリスマスムードに包まれていました。浮き足立つ街の様子に、クリスマスの訪れ=今年の終わりを感じて最初こそ焦る気持ちにもなりましたが、とはいえ光が増え、人が集まり、理由がなくても立ち止まってしまう場所が街のあちこちにあるのは、やはり嬉しいもの。郷に入っては郷に従え。日本よりも少し長いクリスマスを、存分に味わっています。 さて、そんなロンドンのあわてんぼうなクリスマスモードから少し遅れて、灯りがともったツリーがあります。「THE TRAFALGAR TREE」と呼ばれる、トラファルガー広場のクリスマスツリーです。 トラファルガー広場は、ロンドンの中心にある公共の広場。正面にナショナルギャラリーがあり、まっすぐ南へ向かうとビッグベンに繋がります。いつでも観光客でにぎわっていますが、広場の中心に立つ高い柱がそうさせるのでしょうか、ちょっと背筋が伸びるような気持ちになる場所です。 そんなトラファルガー広場で12月4日から光を灯しているのが、背の高い一本の木。正直、華やかとは言えないし、装飾も控えめではありますが、多くの人がその木の下に集まり、枝葉を見上げています。 ロンドンには、もっと分かりやすく派手なクリスマスツリーがいくつもあります。カラフルなオーナメントをまとったツリーは、写真を撮ればそれだけで「ロンドンのクリスマス」らしい一枚に。その点この木は、そうしたツリーとは少し異なるようです。一色の電飾と、頂上につけられたお星さまだけの、シンプルな装飾。風に吹かれて小さな光がゆらめく様子は美しいですが、イベント感が強いわけではありません。 気になって近づいてみると、木の根元に「Oslo」という文字。説明文を読んでみると、この木が、ノルウェーからロンドンへ毎年贈られているものであることが分かりました。 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに占領されたノルウェーは、国王と政府がロンドンに亡命し、この街で戦争の年月を過ごしました。この一本のクリスマスツリーは、その感謝のしるしとして、ノルウェーからロンドンへ贈られるようになったのだそうです。戦後1947年より毎年欠かさず続いてきた、いわば伝統行事。つまりこのツリーは、最初から「見せるため」に立てられてきたわけではないのですね。 ビートルズが結成されるずっと前から、ハリー・ポッターが書かれるずっとずっと前から、この木はロンドンに立っているのか。そう思うと、歴史の長さと同時に、この木がロンドンのクリスマスにおいて至って日常的な、つまり「普通」の光景であることを感じます。シンプルな普通のツリー。でもそれが、長い時間をかけて普通の光景になったことこそ、すばらしいことだな、と。 ゆらめく小さな電飾を眺めながら、ツリーを揺らす風が辿ってきた歴史を想像します。戦後まもない頃にも、ビートルズが揃って街を歩いた時代にも、そして今も、風は吹いている。ここにいるどれくらいの人がその背景を知っているのかは分かりませんが、みんな何かを感じてスマホを向けているのかもしれません。 説明文の横には、詩が書かれたパネルも設置されています。このクリスマスツリーのために、毎年イギリスの詩人が新しい詩を書いているのだそう。今年の詩のタイトルは「GLOW」。暗闇の中にある光、気づこうとしなければ見逃してしまう小さな明かりについての詩でした。 今年も来年も、きっと街で一番控えめだけれど、歴史あるトラファルガー広場のクリスマスツリー。ここをずっと、優しく照らしてきたんだな。華やかなロンドンのクリスマスの一角で、この気づこうとしなければ見逃してしまう美しさを、ずっと忘れないでいたいなと願う夜でした。 「THE TRAFALGAR TREE」は、年明け1月5日ごろまでトラファルガー広場に立っています。 I wish you a Merry Christmas and a Happy New Year. Auther 山田ルーナ 在英ライター/フォトグラファー この著者による記事: 私たちはなぜ古代エジプト美術に惹かれるのか。秘宝をめぐる。 History & Culture | 歴史・文化 ショパン国際ピアノコンクールを聴きにワルシャワへ History & Culture | 歴史・文化 2025秋のシャトゥ蚤の市。フランスの小さなカフェオレボウルと、見立ての旅。 Others | そのほか 縄文からつづく祈りを纏う。岡﨑龍之祐初のV&A展「JOMONJOMON」 People & Collections | 人・コレクション アラビア〈バレンシア〉の絵付けにみる、北欧デザインと生活。 Vassels | うつわ アンティークの街・ルイスで出会ったグラスと、生活の色気 Vassels | うつわ 二千年の湯けむりと、五千年の石の輪を旅して History & Culture | 歴史・文化 石に囲まれた風景と、人の暮らしに根ざした歴史をたどる History & Culture | 歴史・文化 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 History & Culture | 歴史・文化 アルフィーズ・アンティーク・マーケット|イギリス・ロンドン Others | そのほか RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼 電子増刊第7号 西洋骨董のある暮らし〜異国生まれの骨董しつらい デジタル月額読み放題サービス 特集「西洋骨董のある暮らし〜異国生まれの骨董しつらい」 日本では昔から外国産の文物をうまく取り合わせることが骨董あそびの極意とされています。今号は西洋をはじめとする異国生まれのアンティークをいまの私たちの暮らしに取り入れたしつらいやスタイル、うつわの使い方や遊び方のコツをプロの方々に教えてもらいました。 試し読み 購入する 読み放題始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 大豆と暮らす#1 受け継がれる大豆と出逢い、豆腐屋を開業 稲村香菜Others | そのほか 展覧会紹介 世界有数の陶磁器専門美術館、愛知県陶磁美術館リニューアルオープン Ceramics | やきもの 展覧会紹介|茨城県陶芸美術館 余技の美学〜近代数寄者の書と絵画 Calligraphy & Paintings | 書画 大豆と暮らす#4 骨董のうつわに涼を求めて ー 豆花と冷奴 稲村香菜Others | そのほか 連載|辻村史朗(陶芸家)・永松仁美(昂KYOTO) 辻村史朗さんに “酒場”で 学ぶ 名碗の勘どころ「志野茶碗」(後編) Ceramics | やきもの 骨董ことはじめ⑧ 昭和100年のいまこそ! 大正〜昭和の工芸に注目 Others | そのほか 眼の革新 大正時代の朝鮮陶磁ブーム 李朝陶磁を愛した赤星五郎 History & Culture | 歴史・文化 目の眼4・5月号特集「浮世絵と蔦重」関連 目の眼 おすすめバックナンバー 1994年9月号「写楽二〇〇年」 Calligraphy & Paintings | 書画 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) 新井崇之Ceramics | やきもの 連載|真繕美 唐津の肌をつくるー唐津茶碗編 最終回 繭山浩司・繭山悠Ceramics | やきもの 展覧会紹介|福本潮子ー藍の海ー 海のように藍が染まる〜福本潮子の世界を堪能する個展、銀座和光にて People & Collections | 人・コレクション