Persona Non Grata 招かざる客 | ロールス・ロイスの光 ベントレーの風に魅せられて 6

涌井清春

ワクイ・ミュージアム館長

ヒトは旧石器時代から200万年も物をつくり続けて来たそうです。

 

そのせいか人間は作り出されたものを見て、考え抜かれた精巧なものであるか、手が込んでいるかどうか、性能が高いのかなどを判断しようとする習い性がついているのではないでしょうか。その観察眼は生活の道具のみならず武器を使った争いの場面でも発揮されたでしょう。相手の武器が自分たちの物より優れていれば、自分たちが滅ぼされるのですから、まさに命がけの観察眼が養われたはずです。そして優れた物はすぐに取り入れて、より有利に生き延びようとしてきたはずです。

 

思うにこの習性は物のあふれる工業社会の現代でも「消費者の目」として受け継がれていると思います。

 

車であれば、ファッションと同じでこれに乗ってどこへ行こう、自分のそばに置きたい。毎日眺めたい。
そして人に差をつけたいという気持ちで所有欲が刺激されます。私としてはクラシックカーの場合は、生き物を飼うのと同じに、自分がどこまでこの車を幸せにできるのか、という視点も持っていただければと思いますが、商売である以上、値段が合えばお譲りするわけで、時には知らずに怪しい人々と接近遭遇することもあります。

 

あるとき、吉田茂というかつての宰相と同じ名前の人物が私の店にやって来ました。
6千万円の小切手を持ち、品もいい印象の紳士です。鎌倉の家にガレージがあるのでクラシックのロールス・ロイスを2台欲しい、ガレージに置いてみてくれと言われましたので、そのとおりに訪ねて行くと、なんでも文豪が住んでいた屋敷を未亡人から借りたという家で、クラシックカーにはいい景色です。

 

車を入れてしばらくすると、人が来るので席をはずしてくれと言う。ちょっと心配で遠くから見ていると、ベンツのSクラスに乗った客人が3人来て、小一時間で帰って行きました。そのあと携帯に連絡が入りこちらの商談になりました。車に詳しく、納車に当たって細かい注文を出してきます。その応接間にはパリにいる有名女優と一緒にダビンチの絵の前で撮った写真があり、ルーブルですかと質問すると、ルーブルにあるのは偽物で自分がスイスの銀行に預けているのが本物。それをこの女優さんが見たいと言うので案内した写真だと言います。その地下金庫にある自分の金塊とプラチナ塊それぞれ600トンという記念写真も見せてくれますので、こちらはなんとも判断停止になります。しばらくしてTVで詐欺師吉田茂逮捕というニュースを見ました。

 

またあるときは北朝鮮の貿易商という人から建国の父、金日成のロールス・ロイスを買わないかと言われたこともあります。
見せるから万景峰号が着く新潟に来てくれと言われましたが、なんとなく命が危ないような気がして躊躇していたら、そのうち連絡もなくなりました。

 

高級品は妖しく人を惹きつける。単純に魅せられていれば私のお仲間ですが、ときには怪しい人を引きつけるのは悩ましいことです。

月刊『目の眼』2013年9月号

Auther

涌井清春 ◆ わくい きよはる 

1946年生まれ。時計販売会社役員を経て、古いロールス・ロイスとベントレーの輸入販売を主とする「くるま道楽」を開く。海外からのマニアも来訪するショールームを埼玉県加須市に置き、2007年からは動態保存の希少車を展示した私設のワクイ・ミュージアムを開設。

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