御宸翰(ごしんかん)に出会う デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社代表取締役社長 お茶をやり出して間もない頃、茶道具の山下さんの大寄せ茶会に出かけましたら、大きな床の間にこの写真の御宸翰が掛けられていました(73頁)。まず表具に感動しました。房が付いている御軸は初めて拝見したからです。また、霊元天皇は、養母が父帝の中宮徳川和子(後の東福門院)ですので、天地は御簾のような柄の中で一文字が葵の御紋となっていると言う、実に粋で洒落たご説明でしたので、それにも大きな感銘を受けました。やはり御宸翰なので、素晴らしい表具をすることを教えて頂きました。 オックスフォード大学で和歌を少しだけ勉強したこともあって、この桜の歌もやはり、いかにも日本文化の結晶のようなものですので、憧れを抱きます。少ない文字数でここまで小説のような風景を描くことが出来る和歌の素晴らしさに魅了されます。 あまりに美しい筆跡を拝見しながら、御宸翰とは天皇の直筆であると言う話を聞いて、実に驚きました。 茶事では、しきたりとして、沓脱石に奉書を敷いた御宸翰の合図をし、客は畳一畳分を下がって、遠慮して拝見するなど、これも面白さの一つです。 もう一つは東山天皇の御宸翰です(74・75頁)。お正月は決まりで京都の拙宅京町家に泊まります。一番奥の御座敷はもっともフォーマルな部屋の作りです。桂離宮の襖の写し、違い棚、付け書院、天井が屋久杉など、御宸翰に相応しい格の高い作りかと思いますので、お正月は決まってこの御軸を掛けさせて頂きます。この御軸も房が付いて、素晴らしい表具がされています。軸先に菊の御紋、一文字もやはり白地の切れを使っています。中回しもいかにも御宸翰に相応しい切れです。 またこの和歌も素晴らしいものです。春には、緑が山のふもとから次第に上に向かって増していく様となっていますが、それも見事に一つの宇宙を作っています。1706年の1月24日の歌会初めの御製ですので、掛けさせていただくだけで大変恐縮しますが、光栄の至りです。 御宸翰は、和の書としては最高ですし、次第も表具も大変素晴らしいのですが、道具を合わせにくく、御宸翰だから掛け辛いと言われますので、過少評価をされていると思います。お茶以外に格のある御軸を掛ける機会が少なくなっている昨今ですから、あまりにももったいないと思って、あえてそのチャンスを見付けて御宸翰を掛けるようにしています。掛ける度に、その素晴らしさと余韻に浸っております。 月刊『目の眼』2017年8月号 Auther 連載|ふしぎの国のアトキンソン 5 デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社代表取締役社長。元ゴールドマン・サックス証券アナリスト。1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。2009年、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社。2011年に同社長に就任。日本の文化財の価値を見いだし、旧来の行政や業界へ改革の提言を続けている。『新・観光立国論』、『新・所得倍増論』など著書多数。 RELATED ISSUE 関連書籍 2017年8月号 No.491 尚 王家の末裔 野津圭子さんと歩く 琉球〜沖縄 お茶をやり出して間もない頃、茶道具の山下さんの大寄せ茶会に出かけましたら、大きな床の間にこの写真の御宸翰が掛けられていました(73頁)。まず表具に感動しました。房が付いている御軸は初めて拝見したからです。また、霊元天皇は、養母が父帝の中宮徳… 雑誌/書籍を購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) Ceramics | やきもの 美術史の大家、100歳を祝う 日本美術史家・村瀬実恵子氏日本美術研究の発展に尽くした60年 People & Collections | 人・コレクション 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの 連載|真繕美 唐津の肌をつくるー唐津茶碗編 最終回 Ceramics | やきもの 小さな壺を慈しむ 圡楽窯・福森雅武小壺であそぶ Ceramics | やきもの 骨董の多い料理店 目利きの京料理人|ごだん宮ざわ Vassels | うつわ 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの 東京・京橋に新たなアートスポット誕生 TODA BUILDING Others | そのほか 昭和時代の鑑賞陶磁ブーム 新たなジャンルを作った愛陶家たち People & Collections | 人・コレクション 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(2) Ceramics | やきもの 超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります Armors & Swords | 武具・刀剣 煎茶と煎茶道 日本人を魅了した煎茶の風儀とは? History & Culture | 歴史・文化