座右のポット 永松仁美 昂KYOTO店主 卯月。 妙に生ぬるい暖かさの午後。案の定、懐かしいにほいと共に夜半には優しく雨が降り出しました。 そのふり始めの雨の香りをギリシャ語でペトリコール(石のエッセンス)と言うんだ、と教えてくれた今は亡き先輩を想い出しながら、言葉に魔法をかけられる人間という生き物も捨てたもんじゃあ無いな、と言葉の引き出し探しに目覚めた春でもありました。 せっかくのお休みにも関わらずこの時期に降り続く春霖の雨は何故だか愛おしく、天窓には心地良きポツリポツリと雨があたり、まだまだ夜は冷える、そんな夜長には温かなお茶は欠かせません。 スウェーデン女流陶芸家シグネ・ペーションメリンが1970年頃にデザインしたガラスのポットウォーマーが原稿を認める私の側でとても良い仕事をしてくれています。 先日、お世話になっている御夫妻の、別荘の整理のお手伝いという名目で遊びに伺った際に窓辺の棚にポツンと置いてあったそれは長い間ずっと私を待っていたかの様に目に飛び込んできました。 思わず手に取りこれ良いですねと眺めていると「その子、持って帰ってもいいわよ」と嬉しい御言葉を頂き有難く我家にやって来たという正に棚から……いや勿怪の幸いでございます。 ガラスの中でゆらゆらと揺らめく蝋燭の光が飲み物を温め手元を心地良く照らしてくれます。やり過ぎでない家庭的なデザイン、年期の入った持ち手の優しいコルク、そして何よりもどっしりと安定感申し分無く、朝だろうが昼だろうが本を読む時、家事の合間にと何かと私の良きお供となりました。すっかり冷めてしまった飲み物を啜るなんて事もなくなりました。何よりもゲストとのお茶の時間に幾度となく席を立つことが少なくなった事もなんと嬉しい事でしょう。魔法瓶や電気ケトルには作り出すことの出来ない時間や情緒を共に作り上げる事のできる豊かな道具にまた一つ出会えました。 *永松仁美さんの連載「京都女子ログ」は『目の眼』2023年1月号〜2024年10月号まで掲載。過去のコラムはこちらからご覧いただけます。 月刊『目の眼』2024年4月号より Auther コラム|京都女子ログ 永松仁美(ながまつひとみ) 1972年京都生まれ。京都・古門前の骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年、祇園に移転しアンティーク&ギャラリー「昂KYOTO」をオープン。 この著者による記事: 私の夏時間 COLUMN永松仁美 夜長のお茶時間 COLUMN永松仁美 器と心 COLUMN永松仁美 水無月の思い出 COLUMN永松仁美 スープの伝言 COLUMN永松仁美 心に刻むひな祭り COLUMN永松仁美 RELATED ISSUE 関連書籍 目の眼2024年8月号 No.575 阿蘭陀 魅力のキーワード 「阿蘭陀」とはオランダと読み、近世にヨーロッパで中国陶磁を写して作られた色絵陶磁です。江戸時代にもたらされ、茶陶として愛用されました。「阿蘭陀」は必ずしもオランダで作られたやきものだけではなく、フランスやイギリスで作られたものもあり、それぞれに異なるところも魅力のひとつです。華やかで奥深い「阿蘭陀」の世界をご紹介します。 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 骨董ことはじめ④ “白”を愛した唐という時代 History & Culture | 歴史・文化 東京アート アンティーク レポート #1 3人のアーティストが美術・工芸の継承と発展を語らう Others | そのほか 2023年8月号 特集「猪口とそばちょこ」 不思議に満ちた そばちょこを追って Vassels | うつわ トピックス|刀剣文化の応援はじまる 「刀剣乱舞」の生みの親 ニトロプラスが刀剣文化の調査・研究に助成 Armors & Swords | 武具・刀剣 世界の古いものを訪ねて#3 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 山田ルーナHistory & Culture | 歴史・文化 骨董・古美術品との豊かなつきあい方① 自分だけのコレクション、骨董品との出会い方「蒐活」編 Others | そのほか 阿蘭陀 魅力のキーワード 阿蘭陀の謎と魅力 Ceramics | やきもの 骨董ことはじめ⑧ 昭和100年のいまこそ! 大正〜昭和の工芸に注目 Others | そのほか 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(1) 新井崇之Ceramics | やきもの 大豆と暮らす#2 うなぎもどき|日本人と大豆の長い付き合いが生んだ「もどき料理」 稲村香菜Others | そのほか 東京アート アンティーク レポート #4 街がアート一色に|美術店めぐりで東京の街を楽しもう Others | そのほか 花あわせ 心惹かれる花は、名もなき雑草なんです 池坊専宗Vassels | うつわ