SEIKO | 日本初、そして最後の高級機械式腕時計 大江丈治 時計評論家 ひと昔前まで「腕時計は舶来ものが一番」と言われてきた。舶来時計の中でも最も身近で、しかも強く憧れた時計はスイス製ではないだろうか。 日本では1989年に消費税が導入されるまで、輸入品の一部に贅沢税とも言われた物品税が課せられた。舶来時計は贅沢な高級品とみなされて税率は15%、貴金属や宝石を使ったモデルに至っては、最高40%も課税されていた。舶来時計は高級品で高額だと言うステレオタイプは、この時に定まったのだと思う。 では、時計の「高級」とは何だろう。複雑機能の搭載や貴金属ケースは高額だが、そもそも時間を測る計器なのだから、その根底は当然精度の追及に他ならない。高級時計とは高精度時計を本来指し示す。 スイス時計は歴史やブランド、精度に至るまで圧倒的な強さを誇っている。そんなスイスに精度競争を挑んだのが、日本が世界に誇る「マニュファクチュール」セイコーだった。マニュファクチュールとは「時計製造を完全自社で設計から組み立てまで行える」と定義するが、スイスは分業制が確立していて、実は有名ブランドでも自社製造は極めて少ない。セイコーは日本の産業として起業し、部品も一切輸入に頼らなかったから、創業当時から完全なマニュファクチュールなのだ。 そんなセイコーがスイス時計にまず真っ向勝負で挑んだのが、「ロードマーベル」である。1958年にセイコー初、即ち日本初の高級機としてデビュー。舶来に比べると安価でより高精度なこの国産時計は国内市場に受け入れられた。 1960年「グランドセイコー」が登場して最上級ブランドこそ譲ったものの、ロ ードマーベルはその後も高級機械時計として進化し、ロングセラーとなった。 一方、セイコーはクオーツ時計の開発に成功。ついに1969年、世界初のクオーツ式腕時計を発売して精度競争の頂点を極める事となる。機械式時計と違ってクオーツ式は量産に向いており、その後一気に低価格化も推し進めた。その為、あっという間に普及して、日本製の時計はいつしか全てクオーツ式にとって代わられた。セイコーはその後、現在の機械式時計ブームが来るまで、全ての機械式時計の開発と製造を放棄している。 ロードマーベルも、クオーツ式の普及と刺し違えるようにして1978年、セイコー最後の高級機械式時計としての役目を全うして生産を終了した。 写真は1966年12月製で、毎時36,000振動の超高速振動ムーブメントを搭載し、この時代でやるべきことを全てやりつくした頂点に立ったモデルである。針や文字盤にも日本独自の繊細な仕上げが施され、内外装ともにスイス時計とは異なった高級機に仕上がっている。 国産だったことから、意外にもぞんざいに扱われて現存は少なくなった。父から譲られたロードマーベルをなじみの時計屋でメンテナンスした時、職人は「いい時計持っていますねぇ、大事に使って下さい」と他の舶来時計では言わなかった言葉を口にした。 月刊『目の眼』2013年9月号 Auther 大江丈治(おおえ じょうじ) 1964年生まれ。時計評論家。大学工学部卒業後、大手化学メーカー勤務などを経て趣味であった時計業界へ飛び込む。有名ジュエリーウオッチブランド数社でマーケティングなどを担当。またスイスの独立時計師達とも親交が深い。 この著者による記事: Audemars Piguet | 薄型高精度の美学 大江丈治 PATEK PHILIPPE | 日本が注文した小型の腕時計 大江丈治 BULOVA | アメリカンウオッチ 最後の栄光 大江丈治 RELATED ISSUE 関連書籍 2013年11月号 No.446 朱とみずがね姫 〜 根来の源流を探る この秋、空前絶後の根来展が開催される。黒漆の下塗りの上に朱漆が重ねられた漆器は「根来塗り」と呼ばれ、神饌具や、仏具、食器や酒器、茶道具、文房具など様々な用途に使われた。名の由来となった紀州根来寺は鎌倉時代から南北朝にかけて隆盛を極めたが、豊臣秀吉の根来攻めで灰燼に帰し、戦火を逃れた工人たちが、根来塗りの技法を各地に伝えたといわれている。日本にある根来の優品のほとんどを集めた展覧会の開催に合わせ、展覧会の見どころとともに根来の魅力、また個人コレクターを訪ねるなど、深く切り込んだ特集をお送りします。 雑誌/書籍を購入する 読み放題を始める POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 TSUNAGU東美プロデュース 古美術商が語る 酒器との付き合い方 Vassels | うつわ 小さな壺を慈しむ 圡楽窯・福森雅武小壺であそぶ Ceramics | やきもの 茶の湯にも取り入れられた欧州陶磁器 阿蘭陀と京阿蘭陀 Ceramics | やきもの 新刊発売 「まなざしを結ぶ工芸」著者インタビュー 本田慶一郎と骨董と音楽と People & Collections | 人・コレクション 東京・京橋に新たなアートスポット誕生 TODA BUILDING Others | そのほか 花あわせ 心惹かれる花は、名もなき雑草なんです 池坊専宗Vassels | うつわ アンティーク&オールド グラスの愉しみ 肩肘張らず愉しめるオールド・バカラとラリック Vassels | うつわ 世界の古いものを訪ねて#3 ケルン大聖堂 響きあう過去と現在 ー 632年の時を超え、未来へ続く祈りの建築 山田ルーナHistory & Culture | 歴史・文化 根付 怪力乱神を語る 掌の〝吉祥〟を読み解く根付にこめられた想い Ornaments | 装飾・調度品 連載|真繕美 古唐津の枇杷色をつくる – 唐津茶碗編 2 Ceramics | やきもの 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(2) 新井崇之Ceramics | やきもの 名碗を創造した茶人たち Vassels | うつわ