雪持笹の火鉢 | 火のおもり 桑村祐子 高台寺和久傳 女将 丹後半島に暮らしていた子供の頃は、海や空、山や田んぼの景色が、暦そのものでした。新米が穫れると晩秋を惜しむ間もなく、初雪が舞いはじめます。冬将軍の到来となると、いくら雪をかいても解けてはくれません。もう春を待つしかありませんでした。軒下につららができる程冷え込む朝、あぜ道を通ると、霜柱が降りていました。地面に寒天が敷き詰めれているようで、踏みしめる時の後ろめたい気持ちと、綺麗なものを壊したいという小さな衝動との間を行ったり来たりして、道草は長くなるばかりでした。 厳しい冬を迎えるまでの、ほんの短い秋の楽しみは、焚き火です。畑で採れたものを本物の火で炙ったり蒸したりすることは、おままごととは違う特別な遊びでした。枯草や落ち葉が、残らず燃え尽きるように、火の「おもり」をすることも、なかなか難しく奥深いものです。乾いた葉をうず高く盛る熊手の扱い、割り箸や紙屑で添える種火、もりあげた山のてっぺんから煙がほどよく立ちのぼるようにと、風向きにまで気を配ります。綺麗に燃え尽きて生まれた灰は、それだけでも端正で、また空気にふれると忽ち赤々とうねりはじめます。不思議な美しさに、見飽きることが ありませんでした。独りで焚き火が許されるよう、早く大人になりたいと願ったものです。 できた灰の多くは、畑の土に混ぜて使いましたが、用途や季節によって使い分けるこだわりは、この国ならではのものかも知れません。姿かたちのよい藁灰や籾殻の灰が、手あぶりや火鉢の炭火に添えてありますと、なんとも言えない趣を感じます。色の美しさでは、菱の実の灰や藤の灰。梅の実灰は染色に、牡蠣殻の灰は料理の灰汁抜きにと、種類や使い道もさまざまで、数えきれないほどです。真冬の日本海で、海女の指先に灰を付けて岩のりを採るのも昔からの知恵。飾る美しさよりも、暮らしの中から生まれた美しさに心が惹かれます。 今では町なかで、焚き火がままならなくなった上に、冬支度も遅くなりました。おかげで、ゆったりと晩秋の風情を味わえるようになりましたが、なぜか観念して過ごした幼い頃のことが、懐かしく思い出されます。そんな時は、灰の中の炭火で「おもり」を楽しみます。雪持笹の火鉢にたっぷりの灰、埋み火で温められた灰を恋しく思うのは、長い長い道草を、今も続けているからでしょうか。 月刊『目の眼』2013年11月号 Auther 桑村祐子(くわむら ゆうこ) 高台寺和久傳 女将。京都の丹後・峰山で開業した料理旅館をルーツとし、現在は高台寺近くに門を構える料亭の女将として和の美意識を追求している。「心温かきは万能なり」が経営の指針 RELATED ISSUE 関連書籍 2013年11月号 No.446 朱とみずがね姫 〜 根来の源流を探る 丹後半島に暮らしていた子供の頃は、海や空、山や田んぼの景色が、暦そのものでした。新米が穫れると晩秋を惜しむ間もなく、初雪が舞いはじめます。冬将軍の到来となると、いくら雪をかいても解けてはくれません。もう春を待つしかありませんでした。軒下につ… 雑誌/書籍を購入する POPULAR ARTICLES よく読まれている記事 東京・京橋に新たなアートスポット誕生 TODA BUILDING Others | そのほか 夏酒器 勝見充男の夏を愉しむ酒器 Vassels | うつわ 稀代の美術商 戸田鍾之助を偲ぶ People & Collections | 人・コレクション 古美術店情報|五月堂 東京・京橋から日本橋へ 五月堂が移転オープン Others | そのほか 古唐津の窯が特定できる「分類カード」とは? Ceramics | やきもの 源氏モノ語り 秘色青磁は日本に来たか Ceramics | やきもの スペシャル鼎談 これからの時代の文人茶 繭山龍泉堂 30年ぶりの煎茶会 龍泉文會レポート People & Collections | 人・コレクション 連載|美の仕事・茂木健一郎 テイヨウから、ウミガメに辿りついたこと(壺中居) Ceramics | やきもの 超! 日本刀入門Ⅰ|日本刀の種類について解説します Armors & Swords | 武具・刀剣 日本橋・京橋をあるく 特別座談会 骨董街のいまむかし People & Collections | 人・コレクション 超 ! 日本刀入門Ⅱ|産地や時代がわかれば、刀の個性がわかります Armors & Swords | 武具・刀剣 白磁の源泉 中国陶磁の究極形 白磁の歴史(2) Ceramics | やきもの