Rolls-Royce | ロールス・ロイスの光 ベントレーの風に魅せられて 7

涌井清春

ワクイ・ミュージアム館長

ロールス・ロイスは壊れない、という伝説がありました。

 

しかし今ではそういう時代もあった、というしかありません。

 

ル・マンにおけるベントレーもそうですが、黎明期の車たちは耐久レースでその性能や頑丈さを証明していきました。ロールス・ロイスも同じで、1913年には3台のシルバー・ゴーストでアルプスの山岳路を3000km近く駆け抜ける「アルパイン・トライアル」に出場して1、2、3位を独占するという快挙を遂げ、その仕様(キャブと圧縮比の変更でエンジン出力を市販車より10馬力上げ、ギアを三速から四速にした)の車を発売しました。シルバー・ゴーストの中でアルパイン・イーグルと呼ばれるモデルがそれです。当ミュージアムにあるのは1919年製、実際に1993年に再現されたアルパイン・ラリーでは優勝しています。(100年経った今年、新車のゴーストで記念モデルも販売されました。ベントレーもロールス・ロイスも過去の栄光をうまく使いまわしています。)

 

頑丈なシルバー・ゴーストは第一次世界大戦では装甲車のボディを乗せられて砂漠を走りました。インドのマハラジャは自分専用の狩猟場までレールを敷いてシルバー・ゴーストをその専用列車に仕立てたそうです。

 

「値段が忘れられた後も長く品質の残るものを」というのが車をつくったヘンリー・ロイスの車に対する商品理念であり、彼のモットーは「どんなになことであっても、正しくなされたものはい」という、こちらの背筋がのびるような気高いものです。彼にとっては、生産とは常に最高品質を実現することだったのだろうと感じます。

 

扱う車は50年前が当たり前の私は、車の商売をしながらも実は「値段が忘れられても長く価値が残る」世界にいる住人です。これはメーカーにとってはいい消費者とはいえません。古いモデルを大事にされるだけではメーカーは倒れてしまいますから、ありがた迷惑なファンなのかもしれません。しかし近年ルーブル美術館に展示されたり、美術オークションにまで出せる美しいクラシックカーを扱えることは日々喜びと感謝につきます。苦労はあっても、結局は魅力が勝るのです。

 

古い車は大変でしょうと人はいいますが、どんな名車でも名馬を飼うことに比べれば、犬を飼うほどにも手はかかりません。古い車の故障は「ここが痛かったんです」という車の声と思えば、憎らしくはなりません。

 

ある時、こうした気持ちを代弁してくれる絵本を作る機会を得ました。アルパイン・イーグルを主人公に絵本にしてみると、ショールームとミュージアムとでは来る人がまるで違ったように、子供やお母さんにも車を通じて物と長くつきあう精神が伝わったように思いました。これをきっかけに小学校の授業にも呼ばれました。

 

車という物を扱いながら、私はだんだんと心の持ち方を意識するようになりました。

まさに古美術の精神に及ぼす作用を知る思いです。

月刊『目の眼』2023年10月号

Auther

涌井清春 ◆ わくい きよはる 

1946年生まれ。時計販売会社役員を経て、古いロールス・ロイスとベントレーの輸入販売を主とする「くるま道楽」を開く。海外からのマニアも来訪するショールームを埼玉県加須市に置き、2007年からは動態保存の希少車を展示した私設のワクイ・ミュージアムを開設。

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