小さな壺を慈しむ

圡楽窯・福森雅武
小壺であそぶ

Ceramics | やきもの

 

「小壺と花と骨董あそび」という三題噺を考えた時、この人しかいない、と思い浮かんだのが福森雅武さん。江戸時代から続く窯元「圡楽窯」の七代目当主として家業を盛り立てる一方、料理や花、骨董の世界に通じた粋人だ。今回は、福森さんと家族同然のつきあいの白洲信哉さんと春たけなわの圡楽窯を訪ね、「小壺と花と骨董あそび」の真骨頂をみせていただいた。

 

 

 

 

前日まで続いていた寒い雨がやみ、暖かな晴天となった春某日、伊賀の丸柱を訪れた。

 

昼すぎに圡楽窯に到着すると、「ちょうど娘が登り窯を焚いてるんですよ、よかったら見てってください」と出迎えてくれた福森雅武さんの案内で窯焚きの様子を拝見させていただく。

 

「昨日の朝から焚きはじめて、いま1250度くらいまで上がってます。あと半日焚き続けます」と八代目を継いだ道歩さんが教えてくれた。少しくすんだ春特有の青空に、うっすらと煙がたなびく風景は実に平和だ。

 

敷地内を一巡りして母屋へ入ると、福森家自慢の囲炉裏の間へ案内された(上写真)。かつて、白洲正子さんが福森さんの手料理に舌鼓を打っている写真を憧れて見ていたが、その当時のままという光景に感動していると「いい空間でしょう」と白洲さん。ここへは子供の頃から何度も遊びに来ているが、今回は久しぶりの訪問だそう。まずは、と仏間にお線香を上げに行った。

 

 

信楽檜垣文壺  蹲 高 20.5 cm高 個人蔵
魯山人を支援した事でも知られる内貴清兵衛氏旧蔵

 

撮影の準備をしようと床の間に目をやると、すでに花を生けた小壺があった(上)。

 

「古信楽の蹲です。今朝庭で採った牡丹を生けてみました。このあたりはまだ寒いから蕾なんだけど、私は蕾のほうが好きですね。内に力を秘めて、これから開くぞという生命力を感じます。西洋人は咲き誇った花が好きだけど、こうした古窯の壺にはやはり蕾でしょう」と福森さん。前もってたっぷりの水に浸けてあったそうで、乾いた状態よりも黒々として、力強く見える。

 

 

 

 信楽檜垣文壺  蹲 高 20.5 cm高 個人蔵  (上写真同)

 

「よく見ると肩の下から色が少し変わるでしょう? 触ってみると肌触りも違うので成型時に下を少し削っているんでしょう。お茶の美意識を感じますね」と見どころまで教えていただいた。

 

 

 

陶肌をみて信楽の土とはちょっと違う感じがすると福森さん。

 

白洲さんは、右に置かれた仏像と卓が気になるようだ。

 

「小さいけどいいでしょう。最近手に入れたんだけどね、ポーズから見ると右が韋駄天で、左は力士かな、持物がないのでよくわからないけど、鎌倉末〜室町初はあるんじゃないかと見てるんだけど」とさっそく骨董談義が始まる。お軸は、と尋ねると

 

「松花堂昭乗筆の『四睡図』です。右が沢庵宗彭の賛で、左が江月宗玩の賛。この3人は江戸初期の文化人の代表格で、いわば盟友だね。調べたら松花堂昭乗の漢詩にこの絵についての記述が遺っていて、年代もはっきりとわかりました。大徳寺龍光院のご住職が驚いてね、これは龍光院に置いておくべきじゃないか、と言ってましたけど、丁重にお断りしました」と笑う。

 

四睡図は禅画のひとつで、豊干と寒山・拾得が虎と共に睡る姿が描かれている。今日みたいなうららかな日は〝春眠暁を覚えず〟で過ごしたいよね、と福森さんが言うと、

 

「コロナで僕たちはもう一年以上眠ったままみたいなものじゃないですか」と白洲さん。

 

 

福森雅武作の黒い小壺にスイバとカラスノエンドウを生ける。

卓は最近手に入れたもので、天板の四隅に勝虫(トンボ)と蝶の文様が螺鈿で描かれている。

 

 

ひとしきり骨董談義を終えたところで、あと2つ花を生けていただいた。福森さんが今年刊行した花の本『游行 福森雅武の花』では、さまざまな古美術品を使って花を生けているが、実はあまり古窯の小壺は持っていないという。古窯はもちろん大好きで大壺ならいくつかあるけど小さいのは自分で作ってしまうからねぇとのこと。そこで、自作の小壺にも生けていただくことになった。じゃあちょっと庭で摘んできます、と軽やかに動く福森さん、昨年、一時体調を崩されたと聞いたが、だいぶ復調された様子で安心した。

 

 「スイバとカラスノエンドウがありました。ちょっとおもしろい黒い小壺があるので、これに生けてみましょう」と瞬く間に生けていく福森さん。それを見た白洲さんが、

 

「花の生け方は誰かに習ったんですか?」と尋ねると、ないない、と首をふる福森さん。

 

「花というのはね、生活の知恵なんですよ。こうして自然に囲まれて暮らしていくうちに自然に習得するものなんです。朝起きたら毎日近くの里山を歩くでしょ。何年か歩いていると、この季節にはあそこに花が咲くんだな、あの山草はそろそろ盛りだなとか、あの蕾はあと3日したらほころぶな、ということが見えてくる。そうするとあの壺にこう生けたらキレイだな、というイメージがつかめるようになってきます。人に習わなくても自然に学べるんです」と語る。

 

 

 


野の花や木をダイナミックに生けるのが福森流のいけかた

 

 

最後は今朝、山で採ってきたばかりのアケビをもう一つの信楽小壺に生けてもらった。まるで土壁からそのまま蔓を伸ばしたかのような生き生きとした風景に束の間、全員が見とれた。

 

「この掛花入は、硅石よりも長石が多い土でとろっとした焼き上がりだから、もしかすると伊賀かもしれないね。信楽と伊賀は同じ山の反対面から土を採るんだけど、個性はまったく違います。それも自然のおもしろさですね」と教えてくれた。

 

 

 

 

 

『目の眼』2021年6月号 特集〈小壺を慈しむ〉

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